128日目 ありがとう ページ2
・Noside
躊躇うことなくジャケットを羽織り、トランクを閉める。
「これ返すよ」
レイに差し出されたのは、昨日託したはずの物。
「僕は使っていない」
「!?」
「だからまだ使える。みんなが出る時に使うんだ」
彼は今「使っていない」…確かにそう言った。
「お前……ッ、つまり最初から戻るつもりだったんだな」
『そっ…か……』
「そうだ…崖は戻って来たのと関係ない。こんな報告潜伏しながらでもできるもんな!
……っ、なんで……言ったじゃねぇかよ、一緒に生きるって…なのにお前は最初から__ 」
「うん。ごめん嘘ついた」
悪びれる様子もなく言いのけたノーマン。
これだけ自由に動き回り、他三人を振り回すのは、後にも先にも彼ぐらいだろう。
「僕は間違えるわけにはいかないんだ。誰一人死なせないために。
僕が逃げたら計画が狂う、脱獄が難しくなる。仮にわずかでもそれじゃ困る。僕は万が一にも負けたくない」
しかもそういう時は決まって彼が正しい。
私情を挟まず、誰もが目を背らし避けることから逃げない。
「何を言ってもムダだよ、決意(気持ち)は変わらない」
聞いているそれぞれの瞳には、床だけが映る。
「今日できるだけのことはやってきた」
この後に続く台詞なんて、嫌でも察しがついた。
「後は頼む。脱獄を必ず成功させて」
ノーマンがトランクを置いたのは誰も見ていなくて、気づけばまとめて抱き締められていた。
「あったかい……」
他の男子より細いノーマンだか、エマとAは一緒に左腕に収められている。
「今までありがとう。三人のおかげでいい人生だった」
いっそ、ただの何も知らない子供でいたかった。
__楽しかった。
__嬉しかった。
__幸せだった。
みんなで遊んだこと、揶揄ってみんなでレイに追い掛けられたこと、風邪を引いた時のこと、脱獄のために頑張ってきたこと…
四人で過ごした日々。
『ノーマンやだ…いやだよ…』
「くそっ…チクショウ、チクショウ」
言葉の代わりにとめどなく溢れてくるそれは、ノーマンの肩口を濡らす。
「ねぇノーマン…やっぱり今からでも逃げよう。逃げて森へ隠れよう」
言わずにはいられなかった。
「決意(気持ち)は変わらない。さっきそう言ったでしょう」
三人を話してトランクを持つと、部屋を後にする。
ただ一人が部屋を去っただけ。11年間で数え切れない程あったそれだけのこと、今は表しようのない寂しさを覚えた。
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作者名:水月 | 作成日時:2019年7月13日 23時