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Aは「マッドで優しいいいやつ」だった。
Aは欲しがっていた人に前歯を提供したかららしい。
今すぐ欲しいと言われた彼女は麻酔を打たず、ペンチで抜き、受給者にそのまま手渡した。
血がついてたからちょっと失礼だったかも、と本当に申し訳なさそうに呟いた。
横暴な臓器売買のようなを聞いて俺はゾッとしていた。
どういう経緯で前歯を提供する側になったかなんて聞かなくもねぇし、聞いたところでやべぇ奴、ヤクザ系の人だろう。
俺にはいま、前歯はもちろん、全歯が揃っていてるのに対して、彼女はマイナス1だ。
神経がどくどくと流れているところを無理やり抜かれるところを想像して、俺は鳥肌が立った。
そんなのおかしいと俺が言うとAは珍しく怒って「二万もらったのに、そんなこと言えないよ」
彼女にとって一本の歯は「二万のソレ」でしかない。
Aは提供者としての誇りを持っていた。
「虎杖くん、あのねあのね」
耳を傾けると、彼女はかえるのように跳ねた。
無臭の息と綺麗な柔軟剤の匂いが混じった匂いが全身を撫でていく。
今日俺は、初めてAの部屋に来ていた。
Aの部屋は夏によく付く汗のようなにおいが充満していた。
俺みたいにポスターも飾ってたり、飾りをするような性ではないようで、
寝る、食う、そのことだけを重点的にした四畳半だった。
「開けんの？ピアス」
「そう！」
「うおお！」
幸せそうな顔をしたAの顔は本当に赤ちゃんみたいで、赤ちゃんがマッドなこと言うなよなーと心の中で思ってしまう。
「開けたところ、全部で何個なん？」
「耳、鼻、口、胸、頭！」
「次は？」
「実はちょっと恥ずかしいとこ」
挑発するように視線をあげると、Aは幸せそうに首を横に振り、両手でおへそを指差し「おへそ」だよと自慢げに伝えた。
「わー！ユウワクされたー！きゃー！」
「えっしてない！してない！」
焦ったように首を振っていた。
すぐ挑発が効いてしまうのはAの面白いところだ。
「してる」
「してないよ！」
「そこ、指さすとこ、だめじゃん」
「え？」
「そこ、ヘソじゃなくて子宮の位置」
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作者名：明日のパリパリ | 作成日時：2022年7月30日 22時
