優等生くんの裏の顔【knmc】

35:ちょっと、ごめん ページ35

部屋から出て、少しだけ振り向いた。
視界の端に投げ出されている足だけが見える。


…あんな人でも、私のお兄ちゃんだった。


小さい頃から一緒に育ち、遊んだ。
自分の妹だから！って可愛がってくれた。

私のわがままに付き合ってくれた。
私が両親に縛られないよう、限界まで頑張ってくれた。




＿＿＿ 思い出は美化されるって、本当なんだな。




たとえ裏切られたって、お兄ちゃんだった。


…あの時も


引き金に指をかけていたけれど、そこからピクリとも動かない。
否。動かしたくなかったんだ。



もしかしたら 冗談だよ、って。
引っかかったなぁ！って笑ってくれるかもしれない。

ありもしない幻想を願っていた。



両親は最初から好きじゃなかったから、別にいい。


…でも、お兄ちゃんは私のお兄ちゃんだから。
私の味方だったんだ。




知らないうちに、頬に涙が伝っている。
少しだけ驚いた。


まだ、泣けたんだ。


さっき溢れた涙は、自分がした事への罪悪感、恐怖、嫌悪。
自分が気持ち悪く感じて流れた生理的な涙だった。

私はまだ、お兄ちゃんを想って泣く事ができたのか。



流れ続ける涙を見られたくなくて 咄嗟に下を向く。


…君は『あんな奴のために泣かないで』と言うのだろうか。
それとも、気を紛らわせてくれるのだろうか。


流れる涙に気付かないフリをし、黙って歩き続ける。
剣持君も何も話さない。

廊下を歩き切って階段までたどり着いた。



きっと、下では皆が待っている。
…それまでに止めなければ。

幸いにも一階まではかなり時間がある。
大丈夫そうだ。





「あー…、ちょっと、ごめん」





階段に足をかける直前、不意に剣持君が立ち止まった。


そして、強めに引き寄せられる。




「ぇ…、」




視界が暗くなった。
剣持君の香りに包まれる。

…ん、ん？





「…できれば、気付かないフリを続けたかったんだけど。


　＿＿ さすがに皆には見せたくないから」





気まずさを含んだ声色。
なんだ。気付かれていたのか。




「俺の前では我慢しないで。大丈夫。大丈夫だよ」




…剣持君だって、エスパーだ。
全部お見通しなんだろうな。


頑張って止めようとしていたものが堰を切ったように溢れ出す。




「…ぅ、ひっ…、うぅ」


「俺にもお兄ちゃんがいるから、わかるよ。

　大丈夫。否定なんて絶対にしない」





静かな空間に響く嗚咽。
徐々に声も漏れ、最終的には声を上げて泣いた。

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