水面の桜 2

87 〜過去〜 ページ46

Sサイド








普通は、小さい頃の記憶なんて、無いに等しいものだけれど

俺の場合、そうでもないらしい。







生まれてすぐに、俺が病気を持った、心臓の弱い子だと知った親は


ある雨の日に
名前もつけないまま、道端に俺を捨てて姿を消した。




その後、『拾って』くれた人が何人かいたけれど

みんな、俺が病気を持っていると知ると
まるでゴミを見るような目で俺を見つめて、すぐにまた『捨てられた』。



捨てる時、どの人も同じセリフを吐いた。




『病気の捨て子を、拾う人なんていない』と。









その言葉の意味自体はよく分からなかったけど


もともと、俺を拾ってずっと一緒にいてくれる人はいないと思っていた。






彷徨い続け、歩き続け

ふと意識を失った、あの湖の畔で







＿＿＿＿智くんと、出会った。






そのことは、何故か、鮮明に覚えていた。









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・









「ねぇ、翔くん、ここで過ごしちゃだめ？」




言葉も、感情も、ましてや知識なんてこれっぽっちもなかったその時の俺は

やっぱりその言葉の意味を、理解できなかった。








……ただ、周りの大人たちが戸惑いつつも、頷いてくれた姿と



智くんが手を叩いて喜んで

「これからよろしくね、翔くん！」


と、言ってくれたその瞬間は









なぜだか、涙が出そうなくらい、嬉しかった。




……そして、初めて『喜び』という感情を知った。









＿＿＿翔くん




俺を助けてくれた、あの人がくれた名前を


大事にしようと、心から思った。

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