水面の桜 2

54 ページ13

Sサイド









「おかえり」


カーテンの隙間から、月明かりが差し込む頃。




仏頂面で部屋に入ってきた智くんに言うと
彼は無言で、ビデオカメラを俺の枕元に置いた。








「……ちゃんと撮って来てくれたんだ？」


「翔くん、ずっと前から体調悪いんでしょ」





噛み合っていない答え。


だけど、まっすぐで逸らしようのない視線に
しぶしぶと頷く。








「……ずっと前に計算してたんでしょ。このままじゃ、試合の日も体調が悪くなって、俺が約束を守らなくなるかもしれないって」



「…………気づいてたんだ」



「何年一緒にいると思ってんの」



「じゃあ、どうして今日、行ったの？」





気づかれていたのには驚きだけど、俺は怯まない。

智くんのまっすぐな視線に、答えるべきだと思うから。





智くんは今、自分と向き合っているから。








「だって……変わらないと、思ったんだもん。


どうせ、試合を見たって……

俺が学校にいかないって気持ちは、変えられないって、思ってたんだもん」






絞り出したような、掠れた声。


声の主は拳をぎゅっと握りしめて、枕元のカメラを、憎そうに睨んだ。







「それでも、あの三人が……来い来いってうるさいから……


約束通り行って、『心に響かなかった』って言えば……黙ってくれるかなって。


諦めてもらって、今まで通り学校は行かないでおこうって。





…………そう思ってた。……のに……！」








＿＿＿あぁ、そっか。


智くんは、見とれちゃったんだね。









「……知っちゃったんだ…………。あんなに、楽しそうなものだって……！」







雅紀って名前の、一生懸命な、太陽に。









「……翔くんのせいだよっ！ 具合悪いって、素直に言ってくれたら…………知らなくて済んだのに！」



「えへへ、ごめんね」



「…………もう……遅いもん……」









＿＿久しぶりだなぁ……









「もう明日から………学校行かなくちゃいけないじゃん……！」








智くんが、こんなに嬉しそうなの。








「行きたかったくせに」


「……うるさいっ！」






まだ、知らないみたいだけど……



智くんが嬉しいなら、俺も嬉しいんだから。








＿＿このことまで知ったら、智くんは


どんな顔をしてくれるのかな。

55→←53

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す