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それから無一郎の提案でAは泊まっていくことになった。もう空は群青色に染め上げられていて星屑が散らばっている小夜だった。
今は無一郎が薪を取りに行っているから俺とAの二人きり。
Aは生気の抜けた瞳でぼーっと何処か一点を眺めていた。
そして頬にほんのり泣いた跡があることに気がついた。
「…爺ちゃんは、いつ、死んだんだ?」
Aはくるりと俺に振り返った。影の落とされた勿忘草の瞳が揺らいでいた。
「…一週間前。」
「…そう、か。」
「言うの遅くなって、ごめん。」
「…いや。」
それからまた無機質な沈黙だけが俺達の間に漂った。
ツーっと、一粒の雫が勿忘草の瞳から零れた。
泣いていた。Aが。
Aは俺から顔を背け、ゴシゴシと目元を擦る。しかしそれに比例するかのように涙が止めどなく溢れてきた。
「…っA、」
見ていられなくなった俺はAの元に駆け寄った。Aは俺から隠すように、両手で顔を覆った。
白く細い指は傷だらけだった。きっと爺ちゃんの看病の時にできたんだ。
「…あ、ご、めんっ……」
嗚咽に喉を震わせる度、何度も何度もAは謝った。ごめん、ごめん…と。
どうすれば良いのかわからなかった。その小さくか細い身体の震えをどうしたら止めてやれるのかわからなかった。
無一郎なら。無一郎だったら。きっとその術を知っている。
しかしこの場にいるのは選ばれた人間でない俺。どうすれば良いのかなんて、わかりっこない。
だから、昔みたいに。幼い頃のように。
そっとそっと、優しく、繊細な硝子細工を扱うように。Aのことを抱き締めた。
最初こそ驚いていたけれどぎこちなく、でも優しく背中を撫でてやると段々落ち着きを取り戻した。そして顔に覆っていた手を俺の背中に回してきた。
ぎゅうっと着物が握られた。でもその力は弱々しく、少しでも触れたら簡単に振り解けてしまうような力だった。
「ゆ、いちろ、ゆうい、ちろ、」
「大丈夫、大丈夫だから…」
ぽろぽろと涙を零しながら、ただひたすらに俺の名を呼ぶA。不謹慎かもしれないけれど、嬉しいと、愛おしいと思った。
できることなら永遠に。この手を放したくない。放さないで欲しい。
あわよくば、このまま俺に縋って欲しい。
神様や仏様なんていないって気づいたんなら。
俺に縋れば良いじゃないか。
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白霞(プロフ) - ゆっくり四つ葉さん» コメントありがとうございます。お返事遅くなってしまい申し訳ありません。複数回読んで頂けたのですね…!感謝の限りでございます。そんな風に言ってくださりありがとうございます。最後まで閲覧頂きありがとうございました! (2020年9月15日 7時) (レス) id: 7828c1c33e (このIDを非表示/違反報告)
ゆっくり四つ葉 - 何回でも見に来て涙腺崩壊させられてます。しかも作者様一人一人に返信までしてくださっていて…!作者様の良い人が滲み出ている…なんというか、はい、土下座したいくらい素晴らしい作品でした。このお話、ずっとずっと語り継がれていたらいいなぁ… (2020年9月2日 22時) (レス) id: 135b7cf6d1 (このIDを非表示/違反報告)
白霞(プロフ) - シバさん» コメントありがとうございます。そのように言って頂けて光栄の極みでございます。最後まで閲覧頂きありがとうございました! (2020年8月30日 21時) (レス) id: 7828c1c33e (このIDを非表示/違反報告)
シバ - あれ……………目の前がぼやけてきたぞ…… (2020年8月30日 11時) (レス) id: 344258cf85 (このIDを非表示/違反報告)
白霞(プロフ) - かりんさん» コメントありがとうございます。そのように言って頂けて感謝の限りです。最後まで閲覧頂きありがとうございました! (2020年8月21日 0時) (レス) id: 7828c1c33e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:白霞 | 作成日時:2020年6月20日 20時