育む。 (ページ9)

今日:6 hit、昨日:0 hit、合計:48,652 hit

珈琲の匂いが思い出させる。【黒】ページ9

.

「好きだよ。」
貴方から告げられる悲痛の言葉。

乱れたシーツに身を沈め、身体を重ねるのは週5くらい。
相手は毎日違っていて、その中でも厄介なのは黒髪の彼。

貴方は人に深く干渉しない事で有名らしい。
でも私には無駄に入り込んできて本当に嫌い、だったはず。
そんな彼からもう何日も連絡が来ず、そわそわしてしまう。

『..いつもは毎日好きだとか送ってきてたのに、』
そんな独り言さえ乾いた空に呟いてしまう程。
嗚呼、こんなにも貴方の事を考えてしまうようになって。
身体の関係全てを切った私は、これ程までに貴方に想いを寄せているのか。

この気持ちが〝恋〟なのか〝同情〟なのかさえわからぬまま、
連絡が来ない日が続いた。

仕事を終えて今日も真っ直ぐ家に帰る電車に乗り込む。
愛しく思える懐かしい匂いがして何気なしに顔を上げた。

「A。」
『..え、嘘。』

「長らく連絡しなくてごめん、」
「話がしたい、良かったら次の駅で降りて。」

やっぱり彼だった。
香水と柔軟剤が相性よく混ざって柔らかい彼にしか出せない香り。

勿論、次の駅で降りた。というか手を引いて降ろされた。
彼は有名人、彼の最寄り駅だったらしく初めて家にお邪魔した。

『お邪魔します、..私が北斗の部屋に入っても良いのかな。』
「いいよ、俺の、あ、いや何でもない。早く入って。」

モノトーンで揃えられた家具。配置も彼らしくスッキリしていて。
ソファ近くの床に腰を下ろして横に鞄を置くと、
「冷えるよ、何遠慮してんの。」
とマグカップに珈琲を淹れて持って来てくれた彼にソファへ導かれる。

久しく感じていなかった隣に座った彼の存在に鼻の奥がツンとして。
テーブルの上に珈琲が置かれた瞬間、我慢できずに子供のように抱き着いてしまう。

「..A、ごめんな。」
この言葉と共に彼も私を壊れ物を扱うように抱き締め返してくれる。
欲しかった温もりに目頭が熱くなる。
そんな顔を見られぬよう胸元に顔を埋めた。

「忘れようとしたんだ、迷惑だと思って。」
「でも、無理だった。他に何人の男がAに居たとしても、」

「俺はAが好きだよ。」

その言葉は何度も聞いたはず、なのに涙は止まらなくて。

『遅いよ、ばか。』
『私も北斗が好き、好き。』

初めて自分に素直になれた気がした。

顔を見合わせて彼が涙を拭ってくれた後は笑い合って、
どちらからともなく影が重なった。

「もう、ずっと離さないから。」

.