佰陸拾捌 ページ27
Aside
「放してってば…！」
こんな風に
誰かに対して声を荒げたことは
初めてかもしれない。
それでも、掴まれた手が
解放されることはなく
寮の自室に引きずり込まれる。
悟は、相変わらず分かりやすいのに
肝心の考えていることは
何一つ分からない。
どうして、隠す必要のないことを
わざわざ口止めしたのか。
どうして、まだ遅い時間でもないのに
適当な理由を付けて
私をあの場から連れ出したのか。
五条「…ねぇ、キス、していい？」
どうして、今、真剣な眼差しで
そんなことを訊くのか。
意図が分からない質問に
どう答えるべきか
模範解答を探しているうちに
自然と脚は後退する。
そして、悟はそれに合わせて
前進する。
背中が壁に進路を妨げられるまで
それは終わらない。
「……なに、急に。」
五条「急じゃなきゃいいの？」
「そういう話じゃなくて、」
五条「じゃあどういう話？」
やっと絞り出した
イエスでもノーでもない曖昧な答えを
見逃してくれるような人ではない。
タイムリミットを設けるかのように
言葉を交わしている間にも
西洋の彫刻のように整った顔が
近づいてくる。
息をするのも
憚られるほどの距離。
サングラスから覗く碧い瞳が
視界いっぱいに広がって
海から空を眺めているようだった。
温かくて、透明で、
どこまでも果てしなく澄んだ海を
一面に美しく
染め上げることができるのは
天高く広がる空だけ。
他の何にも染まらず
清らかで、秀麗な心を持った彼に
ぴったりだ。
「…………すごいね。
あんなことがあったのに…
悟の瞳、綺麗なままだ。」
口を動かせば
触れてしまいそうな距離も忘れて
気が付けば、そう呟いていた。
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作者名：るびー | 作成日時：2024年2月15日 9時
