幹部に求婚されたかもしれないんですがそれは

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それはある種当然だ、今世の私からすれば、心の底から理解し難いものであるからだ。食事、睡眠、排泄、殺しは、今世の私の中で同等になる。
だから評価を受けた時、私の中でその感情が綯い交ぜになってしまうのだ。人格が統合している感覚というのはなかなかに怖いもので、人を殺すことが身に染み付いた私と、人を殺してはならないとする私が同時に在る。しかし前者はその術に価値を見出せず、後者は価値を見出している。真っ当な倫理観を持っているなら逆だろうと思うが、前世と今世ではそもそもその倫理観すらずれている。
今世も前世も、理由なく人を殺すことは悪だ。
前世、戦争で人を殺すことは悪だった。何故なら戦争は、人命を悪戯に絶つ不道徳な行為だからだ。ならば戦争は根絶されていたのか。否、私が産まれ落ちた地域にはなかっただけで、世界には確かに存在していた。
今世、戦争で人を殺すことは悪では無い。何故なら戦争には大義があり、兵士たちはその下に人を殺すからだ。ならば戦争は世界で許容されているのか。否、平和を謳い戦争国家を圧力で潰さんとする国は存在している。

「Aちゃん、準備できた？」
「はい」

この世界は、見せかけの平和と文字通りの混沌の、一体どちらへ進むのだろう。開いた扉の向こうで陽光を浴びたオスマンさんが微笑んでいる。前世、彼というキャラクターはある世界線で枢機卿という職を与えられていた。この世界にも枢機卿が存在したなら、彼らは二つの世界の方向の、一体どちらを選ぶのだろうか。

「なら、お化粧しに行こか」

その答えは知らないが、彼が既に戦争の歓びを知っていることだけは、私にもわかる。そしてまた今の私も、彼らが楽しむ戦争を、きっと愛してしまうのだろうということも。

「はい」

恭しく私の手を取ったオスマンさんが微笑んで、私と同じく変装を必要とするゾムさんが待っている部屋へと移動する。背中の半ば程まである真っ直ぐな茶髪のウィッグを被り、ピンで固定する。傷を隠すために、顔だけでなく手や太腿にも化粧道具を使う。ゾムさんの姿も、オスマンさんの手によって変わっていく。
化粧を終えた私は、前世の私でも今世の私でもなくなるのだ。国民の目に映るW国幹部のAは、私ではない。
この先目に映る全ての人を、死ぬまで騙しきる覚悟がなければならない。兄さんの言っていた通り、それに返した通り、もうどこにも行けやしないのだ。

「……よし」

死ぬ覚悟なら、疾うに。

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