第8幕 ページ10
また一人、新入生の面接が終わって一口水分補給をする。
俺が1年の時、受験生の立場で緊張したのは勿論だけれど、今こうして華桜会側になって審査していくのも気が重くなってしまう。
もっと楽しい空気ならいいのになぁ…それだと面接にならないか。
「次、藤本旭」
ファインダーの紙をめくるのと同時に大阪が受験生の名前を呼ぶ。
ずっと顔が強張ってて声も低いものだから余計に生徒たちを怖がらせているんじゃないかな。
さて、藤本君はどんな子かな。
「失礼致します！」
「おや」
今朝校門前に立っていた生徒だ。
藤本旭君かぁ…覚えておくよ。
「大阪、ファインダー見せてくれないかい」
長浜が話をしてくれている間、隣の大阪に小声で話し掛ける。
すると彼は無言でこちらも見ないままファインダーだけ横へ滑らせてきた。
「ありがとう」
多く時間もかけられないのでさっと目を通して直ぐに言葉に変えていく。
「へぇ君長野県から来たんだね。東京はどうだい？」
「へ？」
こんな質問が飛んで来るとは思っていなかったのか、彼は間の抜けた表情になる。
そんなところが可愛らしいね。
でもこういった俺の言動に慣れっこの大阪たちは何も言わず耳を傾けている。
「えーっと…ここ数日は母と学園近くのホテルに泊まっていたのですが、外へ出たら周りはビルやお店が多くて…田んぼばかりだった実家とは正反対で驚きました」
「長野にいる時は普通の学校だったんだね」
「はい。特に音楽や演技の経験もなく…でもよく近所の子供達の面倒を見たりお年寄りの前で一緒にヒーローごっこをしたりして、とにかく周りの人と楽しくしていることが好きでした！」
話しているうちに徐々に気が解れてきたようで、彼はすっかり揚々と笑顔で話してくれるようになった。
「他人を愛することで、次第に自分自身の愛も満ち足りていく…その人を思いやる心を大切にしてほしい」
俺がつらつら語ると、藤本君は初め困惑したような顔をしたが、すぐに快い返事をしてくれた。
「俺ばかり時間を使ってすまないな…ほら、大阪」
肩に手を置くと、横目で俺を見てから椅子に座り直した。
これはまた後で怒られそうだな。
「君、実技は申し分ありませんが…」
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作者名：和澄紫郎 | 作成日時：2020年1月24日 13時
