第17幕 ページ19
キィ…と音を立てて開かれた扉の向こうから光が漏れる。
それと共に、無人のはずの室内からピアノの音が飛び出した。
「…」
「えっと…」
「おや」
緋色の髪が日差しで燃えるように輝いている。
その人は柔らかい笑顔で意味もなくこっちに手を振ってすぐ頭を掻いた。
「ごめん、もしかして稽古で使うのかな」
「あ…はい、でもまだ早いですから平気ですよ！」
「案内は済みましたから…僕たちは失礼します」
五十嵐先輩はどこかばつが悪そうに目を伏せて止める隙もなく離れていってしまった。
角を曲がってすっかり見えなくなった後、ピアノを弾いていた人が小さく笑った。
「邪魔しちゃったみたいだね」
「い、いえ！それは俺の方が…」
その人はピアノを閉じてゆっくり立ち上がり、俺と真っ直ぐ向かい合った。
あれ、エンブレムがない…てっきりまたミュージカル学科生かと思ったけど、ピアノ科とかかな？
「ピアノ、お上手ですね」
「ありがとう。でもただの趣味。普通科だから録なレッスンもしてないよ」
「そうなんですか」
さっき五十嵐先輩と何かありそうな感じだったからてきり関係あるのかと思ったけど…
「じゃ、数学の先生にサボるなって怒られちゃうからもう戻ろうかな」
軽く手を左右に揺らして俺の横を通りすぎる。
「あの、お名前は」
咄嗟に振り向いて叫ぶように聞いた。
すると立ち止まって、顔だけ俺の方を向いてずっと変わらないとろけたような表情のまま囁いた。
「＿＿そーま」
「え…」
本当に、名前だけ。
苗字はと聞く声は不思議と引っ込められてしまい、そうまと名乗った彼の背は遠ざかる。
「ばいばい、藤本旭君＿＿」
そのまま、まるで魔法が解ける瞬間のように過ぎ去っていく。
一体何なんだ…
「俺、名乗ってないのに…？」
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作者名：和澄紫郎 | 作成日時：2020年1月24日 13時
