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不意ー０１ページ38

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　寒夜の闇に伸びる生活道路の前後に人の気配は少しもない。入念に防寒していても尖った北風は衣服をすり抜け肌を刺す。芯まで冷え上がるこの寒さ。なんで冬ってこんなに寒いんだろう。迅くんには怒られちゃったし。

　返事もろくに取り合ってもらえなかった通話を終えてから十分は歩いただろう。足取りが重いのは寒さだけのせいじゃない。今までで一番悪い怒らせかたをしてしまったから顔を合わせにくい。
　落ちついて考えてもみれば、深夜一時なんて高校生が出歩いていい時間を遥かに過ぎている。立派な補導対象。ボーダー隊員だから防衛任務に……なんて理由も意味をなさない。深夜帯の防衛任務は高校卒業後からで、そもそもここは警戒区域内ではない。
　迅くんの怒った顔の想像が難しく、淡い恐怖感を覚えてきた頃だった。

　背後から両手を腰の辺りに纏められて口元を抑えられる。

「ん、」

　──え、は？なに？
　そう思うよりずっと先に腕から身体を無理やり後ろに引き寄せられた。誰この人迅くんじゃない。

「ん、……ーーっ！」

　息も吐けないくらいに口を固く押さえつけている手と腹部に回った逞しい腕。私なんかの力では到底敵わない体格だった。びしゃびしゃと頭の中に塗れた恐慌が喉まで這って声帯がぴくりとも震えない。なにしてるの、誰この人、いやだ。
　声も涙も出せない恐怖に身体がもはや脱力しかけたとき、耳の後ろを乾いた声が衝く。

「おれじゃなかったらどうするつもりなの」

　鼓膜を打ったのは依然として冷ややかではあったけれど馴染みのある声音だった。はっとして彼の腕のほうに視線を滑らせると、この暗さでもなんとか認識できる蒼色の長袖が逃がさまいと私を捕まえている。
　あ、迅くん。そう認識したあと察したように口元の手が退けられる。途端に棘のある冷気が唇を掠めていった。

　余計に理解のしにくくなった状況に頭の中は疑問符がいっぱいで、それでもゆっくりと訪れてくる安心感のおかげでようやくまともな思考ができるようになったかもしれない。

「なあ。分かるだろ」

　ぐ、と腹部を締めつけてきた片腕だけの腕力に呻きそうになるのは堪えて長く不安定だった呼吸を整える。よかった、迅くんだ、本当によかった。

「なんにも、できない……」

　掠れた声で言い残したあと、とうとう立つ力を失って膝から崩れ落ちようとする私を迅くんは包み込むようにして抱き込めたのだった。