空夜ー０１ ページ22
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鎮まっていた頭痛と吐き気がまた目を覚ましそうな予感がした。
「ストップ」
自室のドアノブを捻る直前 拳の上に添えられた片手。誰かと思うより先に僅かな冷気が隠されたその低音に濃い緊張が足元から駆け抜けた。
お風呂上がりの火照った全身で不気味な冷たさを確かに感じる。左胸が間違いなく忙しない。
できれば部屋に入ってすぐに寝たかった。けれど この声だけは無視するわけにいかないから黙って背後の姿を見上げる。眠気なんて消え飛ぶほどの深い蒼色が目を染めた。
「……おかえりなさい」
抑揚のない声で迎えると迅くんは静かに返す。
「ただいま」
仄かな闇を混ぜた形だけの笑みが口元に浮かび上がっていた。それを隠す気は当たり前のようにないらしい。諦め半分の思いで鼻先を逸らす。
「悪いことした自覚はあるっぽいな？」
冷静になれている今なら理由がよく分かる。ドアノブにある手をまだ掴まれているわけでも体を拘束されているわけでもない。けれど 感情の読めないこの声音に問い掛けられている今、逃げられる気は当然しなかった。
数時間前の私の行動は見事な違反行為だった。後日 本部からの厳重な処罰措置が待っていることだろう。ただ 迅くんにだって同じことがいえるから 自分もそうでしょと、そう言いたかったけれど言葉は飲む。嵐山隊の援護のことを考えると 迅くんはきちんと計画を立てていた。何も知らないまま場面に乱入して掻き乱した私の責任は重い。
「……たぶん、遊真くんが関わってたでしょ。私だって、遊真くんの先輩だから、一人であんなのするなんて、ずるいなって思ったの。……ごめん、こんな理由……、明日 ちゃんと本部に行くね」
冷えきった沈黙が廊下に満ち満ちている。自分が悪いのは分かっている。
「それは違うよ……Aちゃん、あのな」
半端なところで声を絶った迅くんは 私の右手が掴んだままのドアノブに腕を伸ばし、右手ごとそれを捻る。疑問符が浮かんだまま扉が前方に開くのを眺めていると、私の肩は弱い力で押された。思わず足が片方踏み出た瞬間くしゃみが飛び出る。
「座ろうか」
ぴぴぴ、とエアコンの起動音。迅くんは 椅子に掛けてあるブランケットを取って、言われるがままベッドに腰を下ろした私の膝に被せる。
迅くんには申し訳ないことに、何に対して叱られることがあるのかまだ分からないままだった。
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作者名：巡 | 作成日時：2021年1月24日 22時
