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前奏ページ1

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「──あれ？」
「よっ、迎えに来たよ」
　
　ビニール傘が淡く光る。
　目の覚めるような蒼いジャージを着た青年は一日中晴れを告げた予報を裏切った雨のなか、傘も差さずに帰ろうとする私を正門の前で待っていた。

「迅くん」

　挨拶ついでに空いている迅くんの手が上がる。正面玄関から出て間もないというのにすでに雨水で重だるいブレザー、そこに視線を投げた迅くんは立ちつくす私にもう一つの傘を差し出した。いつも使っている私の雨傘。呆れたように下がる眉を私は丸い目で見上げた。

「傘持ってきてくれたの？」
「ビショビショで帰ってくるの視えまくってたよ、なんで置き傘借りないの」
「だってべつにいいかなあって」
「よくないって……」

　そうかなあ。迅くんは「ほら」と手際よくジャージを脱いで私の肩に掛けた。スカートの裾すらすっぽりと覆ってしまう大きさに思わずわあと声が出る。手先まで袖の中に閉じ込めてこれ以上冷えないように身を縮こませてみせた。

「ありがとう、これあったかいね」
「Aちゃんが冷えてんの」

　雨足は激しく、遠慮なしに肩に飛びかかる雨粒がジャージの蒼を濃くする。迅くん曰く「しばらく止まないなこれ」らしい。憂鬱そうな迅くんに傘以外の手持ちはない。本当に私を迎えに来ただけの用事だったみたい。

　歩き出した迅くんに続き私も足を帰路へ向ける。わざわざ貸してもらっているジャージがとっくに冷たい。雨の生っぽい匂いがする。申し訳なかったからすぐさま洗濯にかけようと決めた。お風呂にも早いとこ入りたいな。どうして外に出る前に置き傘を借りなかったんだろう。今更だけど反省。想像していたより体が冷たくなるのが早いようだった。
　ひっそりと鼻を啜りはじめた私に迅くんは言う。

「明日は学校休めよ、どう足掻いても風邪引くから」
「え……でも明日模試あるし」
「駄目駄目健康体で模試に臨んでる未来がない」
「あ待って？トリオン体で、」
「絶対休め」

　厳しく一刀両断される。この曇天と同じくらいに光の差さない両目には滅多に見ない睨みが灯っていた。反論する気がこれ以上起こるはずはない。
　……仮にも受験生なのに。「だからこそ体調管理しなきゃだろ」と厳しく返される未来がサイドエフェクトが無くたって予知できるから言わないけれど。

「ね迅くん、その未来どうしても覆らない？」
「無理だよ、だから大人しくベッドで寝てな」
「……はーい……」