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新しい席は良くも悪くもなく、という感じだった。中村、の後ろに書かれた"夏目"という文字を見、少しため息をつく。前からは4列目、窓からも廊下からも3列目。早い話が教室のど真ん中だ。めんどくさ、人通り多い席じゃん。そう思いつつ席についた。
「あーあ、つまんな」
自分の口から無意識の内に溢れた不満。
別に面白さを求めている訳ではないはずなのに何故、と少し意外に感じる。けれど、何の娯楽もなしに生きていけるほど、この箱庭は広くはない。そのことだけは、誰よりもよく知っているはずだった。
ふと、窓際がどよりとざわめく。不穏な空気に目をやれば、空が上空から黒く染まっていた。生徒で溢れた教室が一気に騒がしくなる。当然だ、何かの錯覚としか思えないものを、この場にいる全員が共有しているのだから。そしてそれは他のクラスも同じなようで、そこかしこから騒ぎ声や怒鳴り声、困惑する声が聞こえてくる。
これ、何かあったな。
人混みを掻き分けて廊下に出ると、目の前には中庭を見下ろせる大きな窓。いつもなら生徒が談笑しているであろうそこには、見たこともない異形が立っていた。
「え……」
なに、これ。
思わず口から音が溢れる。生まれてこの方、怪物になんて会ったことがない。
灰色の目に粘着質な肌。頭部から生えた角までの高さは、およそ数メートル、といったところか。後ろに立つ男性の動きを補うように立ち、周囲の芝生をどんどん溶かしていく。
(やばいってこれ、どうなって……………!)
何がまずいって、今の時間帯だ。まだ始業前の今、クラスが貼り出された昇降口には多くの生徒がいるだろう。もしも正門の方に回られたら、それこそ終わりだ。
それに、あの黒く染まった空には範囲があった。青空の下の世界と、この墨色の空の世界は、何らかの方法で区切られているということだ。つまり、外からの助けは、この空が晴れない限り期待できない。この空間は、怪物と閉じ込められた箱庭だとも言えるだろう。最悪、の2文字が頭を過る。
(ああもう、何でこんなことに……………誰か、)
「"たすけて"?」
ひゅ、と息が止まる。私の我儘を引き取るように耳元で囁かれた言葉。甘くて、艶があって、笑みを含んだ声に、反射的に頷く。だってこんなもの、望んでしまう。藁だとしても掴んでしまう。
ねえ、たすけて。
そう呟いた私に、目の前の少女はにやりと笑った。
「そこから見てな。
呪術師とは如何なるものか、ってのをね」
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