客観的幸福論 (ページ12)

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　朝起きるとクーラーがついていた。暑くて起きたAがつけたのだろうか。心地よさそうに眠る横顔が可愛くて、頬を撫でキスをした。寝ているはずなのに、きゅーっと口角が上がっていって笑ってしまう。本当に可愛いな。少し視線をずらすとサイドテーブルが目に入った。カップがのっている。…なぜ、こんなところに。カップに手足が生えるわけがないから、Aが持ってきたのか？慌てて、でもAを起こさないようにベッドから出て、キッチンに確認しに行った。

　調理スペースに紅茶を入れたあとのティーポットがある。ティーバッグは上の戸棚に入れているから、Aは自分でそれを取り、お茶を入れたのか。数週間前なら出来なかったことだろう。Aの体がしっかりと、それも急速に治りはじめている。それを喜ぶ自分と、怯える自分がいることに混乱する。何よりも大事な恋人の回復を喜ばなくてはいけないなのに。1人で出かけるようになってしまったらと思うと、背中が凍りつき血の気が引く。あんな経験、もう二度としたくないしさせたくない。

　自分がいれば、あの事故は起こらなかった？否、違う。隣にいたとして、事故を回避できるわけがない。引き止めていれば出かける時間が少し遅れて、Aは轢かれなかったとは思うけど。

　トラウマのようになっているあの光景に隠れるように、自分の欲望が存在していることに気がついていた。治らない限りは、不自由な限りは、2人の空間に閉じこもっていられる。どこにも行かないでほしい。歪んで、捻れた、身勝手な醜い欲望。支配欲。独占欲。イカれた思考だ。

　喜ぶべき。巻き込むべきじゃない。…正しいことはわかっているのに、心がついてこない。

　クーラーのついている寝室に戻れなくて、蒸し暑い部屋の中で暫くじっと立ちすくんでいた。ブーンという冷蔵庫の稼働音が耳障りだった。

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