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「……アリス」
ハッターの口から出たのはそんな呟きだけだった。ああ、やってしまった。どこかぼんやりと思うのは、まだ思考がうまく働いていないからか。追いかけないといけない、アリスが危ないと思うのに、それすら行動には変えられない。皮肉を飛ばし気に入らないものを叩きのめす為なら優秀な脳は、こういうときに限ってうまく動いてくれないらしい。
「ハッター? アリスさんがどこかへ行くのが見えましたけど……どうかしたんですか?」
スリーピーの手をひいたマーチが帰ってきたらしい、そう言って小首をかしげる。どうかしたのかって? 本当にオレは何をやっているんだ。そんなこと、自分が知りたいさ。ちいさく内心で毒づいた。
「……オレの失言だ。アリスを泣かせた」
「喧嘩、よくない」
「ああ、分かってる。悪いなスーリ。マーチも」
「いえ、ぼくたちは構いません。……追いかけなくていいんですか、アリスさんのこと」
追いかけなくていいのか? ……今追いかけて、何になると言うんだ。分かっている。衝動的に言い放った自分が悪いのも、アリスが泣いていたことも。それでも、追いかけることはできなかった。アリスを泣かせたのだ。今更追いかけて、何を言えばいい?
ここ最近見たことがないほど気弱な保護者代わりの青年に、幼子ふたりは顔を見合わせた。
「アリスに言ったんだ。この世界のニンゲンでもないお前が、その力で何をするつもりだと。……本当は、そんなことを言いたかったんじゃない」
詰るつもりなんてなかった。本当は、そう、謝罪がしたかった。訳の分からない、それこそ自分たちが産まれる前から存在する伝説。そんなものに巻き込んでしまったことを、あのとき守れなかったことを、本当は謝りたかったんだ。
「……ハッターは、見た目よりも口下手ですね」
苦笑する幼子に返す言葉もない。喧嘩をしたら謝る、思ったことを伝える。きっとそれはこの幼子たちの方がよっぽどうまく出来るだろう。
「ハッターは、アリス、嫌い?」
ぽつりとスリーピーが言った。躊躇いなくそれを否定する。自分を庇おうとした、タルトを美味しいと笑った、自分が王だと知っても暢気に笑っていた。きっと考えなしで向こう見ずな、明るい向日葵のような娘。嫌いになるわけがない、何故なら。
「……嫌いには、ならない。絶対に」
タルトを頬張った笑顔が、眩しいほど脳裏をちらついた。それだけで、とるべき行動は分かっていた。優秀な脳は、今度こそ正しく体を動かした。
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ユエル(プロフ) - クルルさん» コメありがとうございます!不定期更新ですが頑張りますね(^^) (2021年1月11日 13時) (レス) id: 673d6f73a6 (このIDを非表示/違反報告)
クルル(プロフ) - めちゃくちゃ面白い!!!!サイコーです!!続き待ってます!! (2021年1月3日 23時) (レス) id: 297c8a2c3d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ユエル×日向なつ x他1人 | 作者ホームページ:
作成日時:2017年5月21日 1時