▽. きっかけ ページ5
初めは、ささいなことやった。
Aは親の転勤で東京から小学生の時に近所に引っ越してきて、それからよくサムと三人でいるようになった。
確かあれは小学四年生のとき。
給食のプリンを落としたAは、ひどく落ち込んだ。
そないなことでそこまで落ち込まんでもええやん。って思い切り笑って、いじって、でも何故かその時のAの顔が忘れられなくて、
翌日、Aの机の中に、自宅の冷蔵庫の中にあった、あいつの好きな焼きプリンをいれてやった。
どんな顔するか楽しみに席についたAを見ていると、あろうことかサムのクラスに向かった。
「おさむ、プリンありがとう！」
「…プリン？」
「うん！
焼きプリン好きなの知ってるのおさむだけだもん
後で美味しく食べるね」
「…どーぞ」
今思えば、食い物にうるさいサムが、誰かにプリンをあげるなんてありえへんことやけど、当時のAはサムがくれたって信じて疑わんかったし、
俺も、Aがサムがくれたんだと思い込むことに納得していた。
その時に、『ちゃうで！俺が入れたんやで！』って、大きな声で言っても良かったんやけど。
その状況がちょっとショックやったんかよう分からんけど、隠してた方がカッコええやろ。っていう訳のわからん意地を張って何も言わんかった。
Aならいつか気づいてくれるって思てたんかもしれへん。
けど一切そんなことはなくて、
まさか、たった一度きりの、ささやかな意地っ張りが、こんなにも長く自分を苦しめるとは思いもよらんかった。
「治、付箋ありがとね」
「…付箋？」
「治、この間ありがとね」
「…なんかよう分からんけど多分それ俺ちゃうで」
そないなこと続けてたらいつの間にか、もう『俺や』って言うタイミングがわからへんくなって、
今さら言うても、今までのこと全部気にしとった面倒くさいヤツって思われるのも癪やった。
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作者名：うめ干し | 作成日時：2020年4月17日 20時
