【短編集】-gift of sweet-【歌い手】 (ページ1)

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red apple -あらきページ1

……迷った。

周りを見ても、人、人、人。一緒に来たはずの連れも見当たらない。せっかく、仕事が無い日を二人で合わせてのデートなのに、これじゃああまりに虚しすぎる。

携帯の電波も、人の多さ故か心許ない。バレンタインシーズンに突入したからか、気の早いここはもうフェアが始まっている。
少し高めのブランドチョコレートから、誰が食べるのかと思うほど凝ったチョコレート、それから、少し価格を抑えた添加物多めのチョコレート。

どこを見てもチョコレートか人しかいない。しかも、だいたいがカップル。そんな空間で迷子になるなんて、あまりにツイてない。

このまま、カップルたちの作る波に流されていても疲れるだけだし、と近くの柱に寄りかかる。
そのとき、ずきん、とかかとあたりに走った痛みに顔を歪める。新しい靴なんて、下ろして来なきゃよかった。

「……あーあ、ほんと、最悪」

ひとこと、ぼそりとそう呟いても、狭い通路を楽しげに通っていくカップルたちの耳には届かない。
ほんと、どうしよう。

「あ、A！悪い、困ってた？」

「……これのどこが困ってないです超ハッピー！に見えるわけ？」

「ごめんって。もう、今日はチョコやめて帰ろ」

返事を待たず、繋がれた指と、動き始める足。人の波に逆らって進む。突然どっか行って、また戻ってきて、心配するなんて、そんなの、演技でも素でもずるい。
そんな思いを抱えながら、バッグのショルダーベルトをきゅっと握る。

ある程度人が少なくなったあたりで、いきなり立ち止まる。少しだけ靴から離していたかかとが擦れ、思わず顔を歪める。

「……A？どうかした？」

その表情はしっかり見られたらしく、事情を説明する。はぁ、とため息を吐かれ、そばのベンチに座るよう促される。

「これ貼るだけでもマシになるから、貼ってて。あと、はい。これ」

「え、なに、それ」

「ロイズのアップルチョコレートと生チョコ」

なんでロイズ、と思いつつ、紙袋を受け取り、差し出された手を取る。

「まだ、帰りたくない」

なんて言いながら、夜にもならない夕方の街へ、足を踏み出す。冬の、刺すような冷たい空気を肺の奥まで吸い込んで、吐く。

あと、八時間だけ、となりにいさせて。