外伝 おめかしなんて ページ37
新門桜花は「べっぴんさん」と呼ばれるほどの美貌を持ち合わせていた。
しかし彼女をよく知らない者は、毎日兄のためにせっせと稽古し、ほぼ半裸状態で歩き回る兄の首根を掴み引きずる姿など思い浮かばないだろう。
ましてや彼女が本当に怒るのは大体、兄のことであるとは気づきもしない。
「大体薊だからって何！？私はブランドか！？人間に血統書でも付いてんの！？」
「まぁまぁ落ち着け桜花」
「次会ったら頭皮ごと毟り取ってやるよ、あのくそ」
ヒナタやヒカゲには聞かせられないような言葉が続々と出てくる。
声の出ない頃からの淑女のような姿とは裏腹に見えるだろうが、どちらかと言えばこちらが本性。
「相変わらず紅がいないと狂犬だな」
「文句は受け付けてない。なんなら理不尽に暴力を贈るよ、大特価で」
「遠慮しておく」
簪を抜き取り、髪を下ろす。
見目麗しい淑女に扮していたのは、形式上の見合いの間だけ。
襖を開けるとぐーたら双子に押しつぶされる紅丸がいた。
「あ、若様いたんだ」
「あー見回りが早くおわ……」
紅丸が硬直した。意味もわからず桜花も硬直した。
着崩した枝垂れ桜の着物に、珍しく化粧をしている。
そこには新門紅丸の妹の新門桜花ではなく、一人の女性である新門桜花がいたのだ。
「な、な」
「若様、落ち着け。朝言っただろ、桜花は今日見合いに行くって」
「うわー桜花美人！」
「べっぴんさん！」
「私はいつもべっぴんさんでしょ？……うん、ごめん、ヒカヒナ、その目はやめて」
足の周りに双子がまとわりつく。
その光景を見ながら未だに紅丸は硬直した。
桜花は生きているかと、ぐーたらと顔を机に同化させる紅丸の前に自分も顔を置いた。
途端、紅丸は跳ね上がった。
「おー生きてた生きてた」
「若、手が空いてるなら桜花の着替え、手伝ってやってくれ」
兄妹なのだからそれくらい抵抗ないだろう。
と紺炉は軽い気持ちで言ったのだが、言われた本人は羞恥心で逃走。
「逃げた」
「逃げたな」
「なんで」
「そりゃ、いやまさかな」
墓参り以降、何か変わったように紺炉は感じていた。
桜花は変わらず先代と「紅丸を二十五歳までは支える」という約束を守り続け、彼との距離を兄妹までにとどめていたが。
これは。
「ちょっとようすっ」
ドテンッと地面が揺れるような音がした。
着物の裾を足で踏み、桜花は盛大に転けた。
「もう一生着物着ない」
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作者名：文字変換 | 作成日時：2020年9月7日 10時
