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お父さん、と。囁くように溢したその言葉に、リオはあたまから血の気が引いていくのを感じていた。
数ヶ月前。バーニッシュの力の制御方法と引き換えに、マッドバーニッシュの活動支援を提案してきた一人の資産家が居た。己の身がバーニッシュとして覚醒してしまったから、どうにかならないかと。
食糧の定期的な支給と情報提供。提示された条件が良かったから頷いた。男には、妻と呼んだ女がいた。そして自らがバーニッシュになったかといって、妻を手放す気はないようだった。これからもふたりで静かに暮らすために、炎を抑える術が必要なのだと。また自分以外の異性を妻も住む屋敷に極力近づけたくないようであったから、比較的中性的なリオが定期的にこの屋敷を訪れる運びとなった。リオの治めるマッドバーニッシュのメンバーには女性構成員はいなかったから。
シャルロッテ。そう呼ばれていた彼女は、いつも同じ色のドレスを着て、いつも同じように髪を結い上げていた。似合っていないわけではなかった。けれどこのどこか儚い雰囲気を持つ女性には、もっと淡い色のドレスが良く似合うのに、と思っていた。
リオが訪れるたび、見せつけるように腰を抱き肩を抱き口付けを落としていたあの男。随分な愛妻家だと思っていた。いや、愛妻家は愛妻家なのだろう。だけど、シャルロッテと呼び一心に愛を注いでいた彼女は、シャルロッテではなかったのだとしたら。
彼女が、本当は男の妻などではなく、娘なのだとしたら。
ハクハクと意味もなく口を動かした。言葉が構成されない。そんなことが、あって良いはずがない。『そろそろ子供が欲しいなと妻とも話をしているんです』かつての男の言動が、吐き気を伴いながら思い出された。
バーニッシュでも、バーニッシュになるより前の幸せは抱えていられる。彼をどこか希望のように思っていた。それが、こんな。
「____名前を、教えてはくれないか」
「名前?…ありがとう。きっと、慰めてくれるんですね。でもごめんなさい、もう思い出せないんです」
「は…」
「記憶がないの。母が亡くなってすぐはお父さんお父さんとばかり煩くて、あのひとを『あなた』とは呼んであげられなかったから。怒ったあのひとが、余計なもの…幼い頃の記憶を消すようにって依頼を。フォーサイト財団だったかな」
言葉に詰まるリオに、少女は口元だけを笑わせて微笑んだ。表情ひとつ作るにも激痛を伴うだろうに、気遣うように。
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作者名:Qoo | 作成日時:2020年8月13日 21時