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保健室問答 ページ7

「わからないものは止められないと思うよ」

授業中、午後三時。南中から西に傾いた日射しはまだ白いものだから、保健室の壁も、ベッドもカーテンも、目をうっすら細めたいほど柔らかく照らされていた。

目の前にある椅子はデスクとワンセットの量産型のそれである。足元のキャスターはくるくるとかすかな音をたてて回るのだが、生憎それの背凭れを抱えるようにして座る人物が身動きをとらないため、非日常じみた空間に俗世の風が吹き込むことはなかった。

窓は開けていない。それでもガラス越しにグラウンドからわずかに声が響いてくる。自分も出る筈だった体育の授業風景の切れ端だけが、ここが夢でもまぼろしの中でもない現実であることを示してきた。

「わたしにならなんでも話してくれると思ってたのに」
「信頼できるからこそ話さなかったんだよ。本気で隠そうとするんだ、みんなそう」

自宅の自分のベッドとは異なる、それでいて清潔だから不快でない匂いがする寝台のなかに横たわって埋まっている。お昼のひだまりに眠たくなることすらできないから、起き上がって体育に参加なんて以ての外だった。

「しんらいってなに。頼ってくれなかったじゃん」
「引き止められるわけにはいかないと思ってたんじゃないかな」
「そりゃそうでしょ、当たり前でしょ。止めるに決まってる。んで、ほかの方法探すの」

鼻をすする音が一瞬静けさを破り、すぐにいなくなる。内容が不鮮明な男女の間延びした声が、いたく遠いように感じられた。

「わたしに言ってくれればよかったのに。信頼してるなら、どうしようって言ってくれたっていいじゃんか」
「見えなくなっちゃうんだよ。そういう、選択肢っていうのが。もうどうしようもないって信じきっちゃうの」
「わたしのほうが信じられるでしょ。どうしようもない状況より、わたしのほうが」

鼻の奥がツウンと痛い。それに耐えながら話すのは難しくて、静かに歯を食いしばる。そよぐ風になびいたベッド周りのカーテンが、数秒かけて自分と椅子に座ったその人の間を切って、またしぼんでいった。黒い縁の眼鏡の向こうの瞳孔がそんなカーテンの行先を追っていたことに気づいてはじめて、窓が細く開けられていることを知った。

窓は開いていた。それをわたしは知らなかった。そんなことないとまで思っていた。

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作者名:烏衣 | 作者ホームページ:Nothing  
作成日時:2018年11月18日 22時

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