その時、蒼い鷹が愛を刻みつけた ページ1
やさしい子、優しい子がいたんだよ。
おれのような者にさえ、己の水を口に含ませてくれた。
やっとこさ見つけた缶詰を、骨と皮の手で開いてくれた。
右腕は血染め。己が身より流れ出でたものではない、逃げ惑う他者を裂いて浴びたものである。
左腕は濡れ鼠。沐浴の跡ではない、軒先の水桶を叩き壊し残りを飲み干したその跡である。
恩と情を返す国から来た、それゆえもありおれはこの村に腰を据えた。
礼を尽くすためもあった。なによりも、村のみなに乞われたから。優しい子も乞うてきた。
これに応えぬ心無き者はいないだろう？ だからおれは村の守り人となった。
大昔より、この国は荒れに荒れていた。例に漏れずこの貧しく萎えた土の上に集いたてられた村も、ひどく、弱かった。
土塊を固めた粗末な小屋がぽつぽつと並ぶ、ずっと奥。砂ぼこりの向こう側には軋む絞首の台座がつめたく立っていた。
なにが、こわかったのか。みなはおれを吊るすことにした。
おれは、別に構わなかった。おそらくおれが悪かったんだ。
何をしてしまったのかわからないけど、償いたかったから。
台座は唯一人のために設えられたものと事前に聞いていた。目の前の男のためと今思い知った。
もしや。倒れ伏し二度と動かぬ村人共と、その命を擦り潰した男とが線で繋がるような気がした。
地獄に落ちた。そう思っていたけれど、気づけば村のみなの声を聴いていた。
こころが、きしんで、くるしい、と。みなが口を揃えて哭いていたんだ。悔やみ、嘆いていた。
罪の意識に捻り潰される前に、ああ守り人よたすけてくれと、乞われた。優しい子も乞うてきた。
男は血染めの右手で頬を掻いた。痩せた大地の色の頬に赭い筋が
濡れ鼠の左手は長い髪を掴んだ。積み重ねた全てが霧散した虚無の色は湿れども変わらなかった。
乞い、願われたならば、おれは剣を取り銃を握った。
当然だろう？ 叶えてやりたいのだから。
苦しむみなに、罪悪感を抱えるだけの余裕はないんだから。
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