僕と彼女 ページ45
埠頭に行った翌日
久々の休日に、僕はまた例の部屋に来ていた。
この部屋を出るまでもう一週間もない。
いい加減、片付けなければ
「よし、これでこっちは終わりだな」
小さな本棚の中身をダンボールに詰め終わり、テーブルの上に置き去りにされた最後の1冊へと手をやる。
表紙いっぱいに青空と緑の草原が描かれたそれは、記憶が正しければ
彼女が最後に読んでいたものだと思う。
お気に入りだったな、この本…
表紙を撫でながらローテーブルの前に腰を下ろす。
昨日去り際にあの男が零した言葉が、未だに頭の中を巡っていた。
_「忘れろとは言わない…ただ、囚われるな」
囚われて、いるのだろうか。
僕は、彼女に
もし赤井の言うことが本当なのだとしたら、それはきっととても厄介だ。
萩原や松田、班長…ヒロのことも、時間が解決してくれた部分は大きい。
けれど今回は…時間云々の問題ではない。
彼女にはどうしても聞かなければならないことがある
_
リキュールこと竹中さんの手回しにより、
僕が彼女と組んで任務をこなすことになったのは今から3年前の出来事だ。
_「暮れにそこに行けば会える」
ジンは彼女と僕を会わせるのをよく思っていないらしい。
小さな紙切れを投げるように渡し、舌打ちを零してさっさと行ってしまった。
「杯戸図書館…か」
組織の人間と接触するのは路地裏やどこかのバーが多かったから、どこか新鮮さを感じながら黄昏時の図書館を歩く。
_いつも窓際カウンター席の1番奥を陣取っているから、すぐに分かる
無愛想な声を反芻しながら整列した本棚の海を潜り抜けると
奥のカウンターに1人、長髪を後ろでひとつに纏めて本を読み耽っている華奢な後ろ姿を見つけた。
そっと接近して横の空席に座る。
組織の人間ならさすがに気付くだろうという期待通り、小さく肩を揺らした女はゆっくりこちらを向いた。
陶器のような肌に、人形のような少し西洋風の整った顔立ち
横の窓から西日が差して濡れ羽の髪が輝く。
こちらを見て軽く目を見張ると、長い睫毛をぱちぱちと動かした。
「だれ?」
暫くの後に囁くように発せられた、淀みのないソプラノの声
「…”バーボン”?」
肯定の代わりに口角を上げると、空色の目がすっと細められる。
「初めまして…”テネシー”」
これが、彼女との出会いだった。
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作者名:とみーさん | 作成日時:2020年9月4日 2時