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_1週間後、降谷零はこの部屋を出ていく。
一人暮らしにしては少々広めな間取り。白い壁に大きすぎない窓、ブラウンに塗装されたオークの床板。
ここ数週間、家主によって少しづつ片付けられているためか、所々にダンボールが散在する。
しっかりと掃除されてピカピカと光る床に満足気に頷き、ぐるりと90度回転。
またしても視界に入るのは完璧に片付けられた空間と磨きあげられたフローリング。そしてまた満足気に視線を移す。
3回目の方向転換の後、ピタリとその動きが止まった。
かつてテレビ台のあった場所、その前に置かれたローテーブル。
1冊だけ、テーブルの上に置き去りにされた文庫本は、本来その脇にある小さな本棚にあったのもの。
一様に物が撤去されて掃除機がかけられたその空間にあって、そこだけは全くの手付かずのまま。
強引に例えるなら、フローリングの海にポツンと浮かぶ孤島、みたいな
違和感。
「……」
片付けようと思ったら、正直片手間にできるのだろうけれど。
でも、あそこは彼女の特等席だ。帰ってきた時に自分のテリトリーが荒らされたとみたら、彼女はきっと拗ねてしまうだろうから。
暫くぼんやりとそこを眺めていたが、そのうち目がシパシパになってきた。
どうやら瞬きをすることを忘れていたようだ。
ふわりと瞼を下げて、また上げる。長い睫毛の影が頬に掛かっては消える。
数回繰り返しているうちに、乾いた目が多少なりと潤ってきた。
瞼を下げる、上げる
下げる、上げる
さげる、あげる
・
_透さん!
少し潤んだ視界の中で、彼女が笑った。
読み終わった本を机に置き去りにして、パタパタと駆け寄って来る。
こちらに伸ばされた真っ白な手を取ろうとして、自分の手が空を切った感覚。
・
_ああ、そうか。
もういないのか。
「外、まだ暗いなぁ。」
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作者名:とみーさん | 作成日時:2020年9月4日 2時