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以前の生活を抜け出せたことには感謝してもしきれない。
しかし、ある人が私を庇って死んだ。誰よりも強く、生き残るべき者が。
当時の私には大きかった体を背負って、半ば引き摺るようにして門に進む最中、彼は「君は生きろ。」と掠れて消え入りそうな声で繰り返していた。
倒れ込むようにして帰還した時、既に彼は自由となっていた。周囲の喧騒が遠のいて、何もできなかった無力さを、冷たく、血色を失った逞しい掌を、今でもよく覚えている。
今まさに水に浸かっているこの手よりずっと大きく、優しかったそれの温かさも、覚えている。
生き延びる術も、刀剣男士のことも、常識も、刀も。
忘れるものか、忘れられるものか。それらを教えたのは紛れもない彼だ。
彼は私を生かした。
勿論、他の誰もが私を生かしてくれた。
諦めて、捨てて、何の価値も無くなった役立たずを。
冷えた手を握っては開く。すっかり硬くなった皮膚に、刀を初めて持った日のことを思い出して、懐かしさにすっと目を細める。
「鹿葦津、大丈夫かぁ?」
冷たい感情から私を引き剥がしたのは、ノックと後輩の声だった。特に緊張感も心配も感じられない軽薄なそれは、信頼ととるべきなのだろうか。
「杵築から、『落ち着いたらでいいから話がある』ってよ。何か保全科のおっさんも来てるし、なるべく早く行けよな。ったく、いきなり帰ってこいとか言われて消化不良もいい所だっての。」
戦う事しか考えていない自由人だが、一応仕事はきっちりこなしてくれる為、かなり頼りになる。
勝手に遡行軍を狩りに行くのはどうかとは思うが。
「わかった、ありがとう。」
「ん。」
それで終わる会話に、僅かに口角が上がる。
気を使う必要のないやり取りは、非常に楽でいい。
ぼんやりと天井を見上げ、また祝詞を唱える。
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作者名:セネン@30分クッキングin備中国 | 作者ホームページ:
作成日時:2021年12月26日 1時