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｢これを読め。｣
八咫から差し出されたのは、端の方が少しよれた1枚の紙。
｢特別休養棟閉鎖、経費削減、人員補充要請の棄却……。｣
特別休養棟は、特対構成員がその身の瘴気を祓い、霊力や傷を回復する為の設備を備えた、とある3部屋の事。
設備とは言っても、部屋の中にあるのは禊のための水場がある他には、布団しかない至ってシンプルなもの。
飲まず食わずで祓詞を唱えて水を浴び、とにかく気が遠くなるためあの部屋はあまり好きではないのだが、それをしないと死期が早まる。
特別休養棟が作られる切っ掛けとなった2人の死はあまりに惨く、深い傷を残した。
危険な仕事に就いていることに対する当然の福利厚生だと思うが、その閉鎖に加えて経費の削減、ただでさえ少ない人員の補充拒否。
もはや、歴史修正主義者の手の者が政府内に紛れているのではないかと疑うレベルの酷い通知だ。
視線を巡らせると大半が険しい表情、残りは無表情といった具合で、少なくともこの内容に納得している者はいない様子。
｢──皆、各々思う所があるだろう。私としては、これには従えないと返答するつもりだが……人員補充に関して、お前達からの意見が欲しい。｣
トーンの落ちた声。怒りや悲しみといった感情を表に見せない彼のこの声は、主に誰かを偲ぶ時にしか聞かれることが無い。
あの2人の時はこれ以上の苦痛を内包したものであったが、今はその代わりに弱さが混じる。
「お前達を苦しませたくない。だが、我々と同じ境遇の者をこれ以上増やしたくない。
──私には、選べない。」
現世の神憑き達と、私達。
杵築にとってはどちらも守るべき存在で、どちらかを切り捨てる事などできないのだ。
目を伏せた彼を八咫は真っ直ぐに見据えて、何かを思案するように腕を組む。
特対随一の知将が何を考えているかなど到底分からないが、それはこの場の誰しもが同じ。
ただ、この場の誰しもが彼を信じている。
皆一様に口を噤んで息を潜め、その声を待った。
「俺はどちらも取らない、取るもんか。」
あっけらかんと告げる八咫は不敵な笑みを浮かべ、椅子から立ち上がる。
「こんなトロッコ問題にまともに取り合おうとするのが間違いだ。」
その言葉にに対して、顔を上げて八咫を見る杵築。
目の前の光景が、登場人物が2人しかいない劇のようにどこか遠く感じる。
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作者名：セネン@30分クッキングin備中国 | 作者ホームページ：
作成日時：2021年12月26日 1時
