少し不器用な彼【東海オンエア】短編集 (ページ13)

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ギターの音色で ( としみつ) ページ13

理不尽な社会で生きていると

どうしても疲れが溜まってしまう時がある

いまの私を色に例えると

きっと誰が見ても真っ黒なのだろう

駅から家までは徒歩3分の距離なのに

気持ちが邪魔をして足がなかなか進まない

やっとの思いでドアの前にたどり着く

これを開けたら愛しい彼がいて

なにも知らない彼がいる

いつも通り、いつも通り帰るんだ

靴を脱ぎ少し廊下を歩くと

彼の姿が目に入った

と「おかえり

...大丈夫？」

「なにが？大丈夫だよ」

いまの私にできる精一杯の笑顔で答える

と「うそ。

ただいまって言わなかったやん」

なにも関係のない彼にまで

迷惑と心配をかけさせてしまう

そんな自分がすごく嫌で

また心に黒い霧が近づいてくる

「ごめん」

目が熱くなっていくのがわかる

涙をこらえることに必死になっていると

聞こえてきたのはギターの音色

と、彼の歌声

それはそれはとても心地のいい音で

わたしは黙ってそれを聴いていた

わたしの疲れは１日でとれることが多い

常に疲れているわけではないし

溜まるときはドッと溜まるのに

何故かすぐに吹き飛ぶ

思い返せばいつも

彼の歌声を聴くのは

わたしが疲れている時だったかもしれない

なるべく悟られないようにしていたつもり

ではあったのだが

ああ、やっと気付いた

わたしが毎日いい人生を送れているのは

彼のおかげだったんだ

気付くと同時に涙がこみ上げて

もうこらえる体力も残っていなかった私は

恥を捨てて

子供のように声をあげて泣いた

彼はギターをとめて

優しくわたしを包み込んでくれた

わたしのなかの黒が

パチパチと音を立てて消え始めていた

と「大丈夫、大丈夫」

「い、つも、ごめ、ん、ね」

と「なんで謝るの」

「わた、し、ばっかり、迷惑かけ、っぱな、しで」

と「そんなことない」

「としみつに、たすけられて、ばっかりで」

と「じゃあさ

何かあったらちゃんと言って欲しい」

抱きしめられていて顔は見えないけれど

悲しそうな笑顔を浮かべる彼が容易に想像できる

「ごめん」

と「大変よく頑張りました

もう寝よっか」

「ん」

そのまま手を引かれベッドへと移動し

わたしは目を閉じた

おでこに何か柔らかいものが当たったのは

知らないふりをして。

朝、わたしの黒は全て消えていた

彼のおかげである。

現在、その彼は

何事もなかったかのように

規則正しい寝息を立てて眠っている