＊ ページ15
「何番も何も僕にはAちゃんしかおらんで？」
「ふーん。」
その口で何度その言葉を他の女に囁いてきたのだろうか。
1度でも愛を与えられれば簡単に逃れられなくなることをこの男は知っているのか、いや知っているからこのようなことをする。
しかしながらその行為の残酷さを理解してはいない。
本当に嫌な男だ。
「なんかご機嫌ななめやな。」
鬱はご機嫌取りをするかのように額にキスを落とす。次は頬、そしてまた唇に触れた。
先程感じた甘さとは変わり、今度はほんのりとしたバニラと煙草特有の苦味を感じる。
ぬるりと入り込んできた舌は我が物顔で口内を蹂躙していき、私から徐々に徐々に酸素と正常な思考を奪い去っていった。
この小さな快楽に縋って溺れている間だけは思考の海に沈まなくてすむ。
触れる唇から伝わるほんのりとした温かさ、盛れる吐息の熱っぽさ、服の裾から入り込んだ手の体温。
それらが私は幻影にではなく、今この場にいる鬱という男に求められているのだと言うことを教える。
この瞬間だけは私だけを見て、私だけを感じているのだ。
残念ながら私は真実の愛の口付けで幸せを掴むプリンセスたちにはなれないのでキスが終われば魔法が解けてそこら辺の石ころに戻ってしまう。
このキスがもしも真実の愛のキスならば──。
そんなこと考えても虚しいだけだと思い、サイドテーブルに置かれた煙草の箱に手を伸ばす。
引き寄せてみてみれば残り僅か。それを咥えライターで火を付けた。
肺いっぱいに薄汚れた煙を吸い込み、ふぅと吐き出せば煙は空気に溶けていく。
吸っては吐いてを繰り返していれば煙草は白から灰色へと変化した。
大した顔でもスタイルでもないがそれでも花の盛りと呼ばれるこの時期を私は無意味に消費して価値を失っていっている。
身を削って、心を削って本当に馬鹿馬鹿しく思えた。
「煙草、好きやったっけ？」
覗き込んできた鬱の視線から逃れるように窓の方へと視線を移し、口を開く。
「嫌いよ。」
あなたを思い出させる香りも味も、香りを纏い確かに存在するのにあっという間に消えて掴むことさえ出来ない煙も、それにあなた自身のことも。
灰皿にぼとりと落ちた灰が私のことのように思えて、不安から逃れるように煙草を手放した。
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野々宮蓮花(プロフ) - なななさん» 一緒に楽しんでいただけてとても嬉しいです。そう言って頂けて、企画主冥利に尽きます。こちらこそ最後までお付き合いくださりありがとうございました…！ (2020年9月21日 4時) (
レス) id: 720637d64b (このIDを非表示/違反報告)
ななな(プロフ) - 主催者さまはじめ、執筆を担当されました作者さま、素晴らしいお話の数々本当にありがとうございました。いつまでも続けばいいのに、と思うほどの素敵な作品しかなく胸を打たれる毎日でした。 改めまして、お疲れ様でございました！ (2020年9月21日 0時) (レス) id: 547b684aec (このIDを非表示/違反報告)
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