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風磨side
彼女はきっと自分が思っている以上に優しくて、そして、哀しくなるほどに自身の運命を達観している。
自分には自由な恋愛など許されない、と。
「昨日、これから付き合おうと言って、まだ12時間しか経っていないけど?」
俺がおどけてみても、(人1)の表情は沈んだままだ。
「たったそれだけだったけど、12ヶ月付き合ってたみたいに、私は貴方に惹かれていました。何だか……プライドが傷付くけど」
「じゃあ、愛のために王座を捨てるつもりはないんですか?」
そう尋ねる俺に、黙って手を差し出す(人1)。
「これって、別れの握手?」
俺はそう口にして、一度は伸ばしかけた手を引っ込めた。
「どのみち こんなふうに急に別れを告げられるのなら、握手じゃなくて、いっそのことキスにしましょうよ。さよならのキス。
ここは場所がいまいちだから、いい場所があったら連絡ください。
100年ぶりにお気に入りの女性に出会ったような気分なのに、キスのひとつも出来ずに別れるなんて、可哀想でしょ?
素敵なキスをして、クールに別れましょう」
俺の言葉を、(人1)はどこか神妙な面持ちで聞いている。
「どうか元気で。連絡待っていますね。
すぐに会えたら嬉しいし、すぐに会えなくても 別れの時期が長引けば嬉しい」
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その夜、俺は勤務先のバーに居た。
カウンターには客として座る中島弁護士の姿。
黙々とグラスを拭く俺に、ウォッカを少し嗜んだ彼は徐に話し始めた。
「先日、テレビでとある野生動物のドキュメンタリーを見ました。ジャッカルはコヨーテの尻尾に噛み付いて離れないんですよ。コヨーテはジャッカルごと崖の下に飛び降りそうな勢いだった。
残念ながら私は最後まで見ることが出来なかったのですが、あのジャッカルはどうなったのだろうと、気になっているんです」
試すような視線が俺に向けられる。
「噛み付いたままでは、ジャッカルも一緒に崖から落ちて死ぬだけだ。死ぬと分かっていたのなら、ジャッカルもきっとコヨーテを離したでしょうね」
分かっていた。
彼が、ジャッカルを俺に例えて 意図的にこの話をしていることは。
だからこそ、俺はグラスを拭く手を止めて、彼と真っ直ぐ視線を合わせる。
「どうでしょうね。もし進む先が崖だと知っていたら、“良かった、連れが居て。独りで死なずに済む”とジャッカルは言ったと思います」
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作者名:北斗七星 | 作成日時:2018年3月22日 18時