＊26＊ ページ26
健人side
社長秘書として働き始めて、どれほどの月日が流れたのだろう。
親も兄弟も誰もいなくて独りだった俺は、偶然出会った社長に拾われた。
どこの誰かも分からない俺を気に掛けて雇ってくれたことには、感謝しても仕切れない。
リビングから眺める夜景は、いつもと変わらず煌めいている。
こんなふうにタワーマンションの上階に住めるほど、月日が流れる毎に暮らしは豊かになっていった。
けれど、物理的に満たされていても、時々何とも言えない感情に襲われる。
不思議だ。
生活が豊かになればなるほど、虚無感が俺を包み込むのだから。
風呂上がり、ミネラルウォーターを片手にソファに腰掛けていると、インターホンが鳴り響いた。
こんな夜遅くに来客なんて珍しいと思いつつも、特に確認もせずにドアを開ける。
「………(人2)さん、？」
「貴方に話があるんです。ワインでも飲みながら聞いてくれませんか？」
年代物の赤ワインを手に持ち、彼女は躊躇うことなく部屋に入ってきた。
やましいことなんて無いけれど、少しだけ社長に対する罪悪感が生まれる。
「……何ですか、話したいことって。わざわざ自宅にまで来るなんて、よほど大事な話なんでしょうね」
「そうね、端的に言うなら……私の昔話ってところかしら」
彼女はそう言うと、グラスの中のワインに少し口付けをして、静かに言葉を紡ぎ始める。
.
母親が 娼 婦 だったこと。
父親は誰だか分からないこと。
母と兄は、隙さえあれば自分を飲み屋に売り飛ばそうとしていたこと。
どん底の暮らしのなかで助けてくれた、菊池風磨のこと。
風磨は自分の居場所だった。
命よりも大切な人だった。
そんな風磨に、 殺 人 という濡れ衣まで着せてしまった。
.
「全ては、私が今の地位に登り詰める為にやったこと」
儚げに言葉を落として、彼女はワイングラスを片手に窓際へと歩を進める。
煌めく夜景を眺める彼女は、とても絵になっていて……
思わず見惚れてしまう自分がいた。
「高い場所に来てみれば、こんなにも煌びやかで素敵なのに。いつも夢を見ているかのように不安になるんです。
もし、本当に夢を見ているのだとすれば、この夢は死ぬまで醒めないで欲しい。死ぬまでずっと、夢を見続けていたいの。
だから、貴方が私に、力を貸してくれませんか？」
＊
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 480人がお気に入り
この作品を見ている人にオススメ
この作品を含むプレイリスト 
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：北斗七星 | 作成日時：2018年3月22日 18時
