６８: 優しかった ページ18
英「大したことじゃないんだけど……ハロウィンとかクリスマスとか、大好きだったなと思ってね」
桃「えっ？会長が？」
英「いや。桃李も会ったことがあるかな、僕の兄だよ」
桃李が思い出そうとするように首を傾げる隣で、懐かしい思い出が蘇る。
僕を置いて消えてしまった、優しかった兄。
ハロウィンやクリスマスで飾り付けられた街を、テレビの画面越しに、車の窓ガラス越しにじっと眺めていた。「英智、綺麗だね。キラキラしてるね」って優しい笑顔を浮かべて。
いつだって頭を撫でて抱きしめて、溢れるほどの愛情を注いでくれたのに…
兄は突然、姿を消した。
何も分からない僕に両親は、亡くなったのだと告げたきり。お葬式は無かった。お墓だってどこにあるのかすら知らない。
幼い僕は嘆き悲しんだけど…どこかで、兄が生きているのではないかという希望を捨てられずにいた。
桃「あっ、思い出した！会長にそっくりの優しいお兄さまだったよね♪」
英「うん。本当に優しくて…隣に居るだけで胸が暖かくなるような人だったんだ」
桃「……亡くなった、んだっけ…？ちょうど10年くらい前に…」
遠慮がちに聞いてくる桃李に、小さく頷いた。
両親は、最初はただ居なくなったという事で捜索させていたけれど、１ヶ月が経つと流石に無理だと考えたのか、表向きは亡くなったと説明していた。
ニュースにもなったから、覚えている人は覚えているだろう。
両親は優秀な兄をとてもとても大切にしていたから、消えてしまった時は本当に取り乱していた。母は泣いて叫ぶし、父は仕事がグダグダになっていたし。
１ヶ月くらいは、家の中が常にとても静かだった。
それからすぐに僕も後継としての教育を受けるようになって……兄なら出来たのに、なんて言われることも多かったけど
英「本当に、愛してたんだよ…」
桃「会長…」
缶ジュースの缶が倒れて転がる音にハッとした。こんなことを桃李に話しても仕方ないのに…
英「っごめんね、こんな話を聞かせちゃって…」
桃「ううん、気にしないで。……あの、会長」
英「なんだい？」
桃「お兄さまのお名前は？」
少しの沈黙の後、愛しい兄の名前を10年振りに口にした。
英「………天祥院、A」
小さな声に、途切れ途切れの声を返した。
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作者名：瑠璃烏 | 作成日時：2019年12月14日 3時
