紫風信子 ページ36
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「2針、も行かないか。うん、爪、伸びてるよ。」
先生はこの緊迫した空間の中、やけに間抜けたような声で言う。声は耳を遠っていくだけで脳に入らない。_私が傷つけた。この空間は私の所為で出来ている、私が、私が全部_____
血が漏れ出す。ぽた、ぽた、と飛沫をあげて。そんな光景の中、一人でへたり込んだ。
先生は私の手を握ったままで、私は腕を上げた様に呆然と地の冷たさに体が凍ってしまえとさえも思った。このまま固まって、動けなくなれば自分はここにいられる。私は何故先生を傷つけた。私は何故自制が効かなかった。ぽろりと涙がこぼれた。先生の血よりも醜く汚い涙だと思った。
「じゃあ____行こう」
するりと腕を握られる。抵抗はしなかった。死刑を宣告された罪人だって、こんなにも自暴自棄にはならないだろう。自分の体温がない。さっきまで燃えてしまうほどに酩酊する様だった焔を感じない。何故、何故、何故、と繰り返す。伽藍堂な瞳には映画の予告の様に大河お姉さんと士郎と_____切嗣さんが映し出される。
「待って!!!瑩音は俺の家族だ!!瑩音が誰かを傷つけるなら!俺が傷つけばいい!爺さんに瑩音を任されたんだ!退いて、くれ!」
士郎
赤銅の髪が目の前でばっと歪んだ。私が誰かを傷つける。その相手が士郎。
そんなこと言わないで、こんなの言える立場じゃないのは分かっているのに、そうじゃないの。
誰かを傷つけても、他でもない家族は傷ついて欲しくない。士郎、
「そんな甘い話ではない、下手すれば死ぬよ。君が切嗣に教わった、あの案件だ。
君の手でどうにかなる問題じゃない。私でだって精一杯さ。」
死というなによりも明確で頭を打つ様な言葉。
私が誰かを殺す。傷つけて殺す。人としての戒を破り、同族を殺す。
そんなことを考える事したことがない、なのに、それが正解の様に思った。
私が殺す。誰かをこの手で。
ぼろりともう一度涙が溢れる。これがあるべき姿なのだと糾弾された様だ。
「_____それでもいい、俺が強くなる!瑩音よりも!強く!」
その言葉がやっと耳から頭に入る。理解できたのはそれだけ。
はたと横を見れば先生が息を吐いた。遠くを見る様な眼差しでくいっと眼鏡に触れる。
士郎の声が反響するようだった。
静寂だけが辺りを覆う。
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「……そう、か。その決意に免じて、____提案をしよう。」
私はずっと、へたり込んだままだ。
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タマモキャットガチ勢(白い犬)(プロフ) - ゆっくりさん» お!!!??慈悲深き神!?嬉しいです〜〜。勘違いじゃなければ短編集の方でもコメントを頂きましたかね?その一言で20話は投稿できます〜〜本当に感謝! (2019年11月21日 19時) (レス) id: 1561dbe350 (このIDを非表示/違反報告)
ゆっくり(プロフ) - 大好きです。 (2019年11月20日 22時) (レス) id: a6728b9117 (このIDを非表示/違反報告)
タマモキャットガチ勢(白い犬)(プロフ) - ぐみさん» ありがとうございます!この作品を優先的に最終話まで行かせたい………ヴッ (2019年7月1日 17時) (レス) id: 1561dbe350 (このIDを非表示/違反報告)
ぐみ(プロフ) - 我が生涯にいっぺんの悔いなし(血涙)この作品も読ませてもらってます.....頑張ってください.... (2019年7月1日 2時) (レス) id: 46a85766e5 (このIDを非表示/違反報告)
赤眼のわかめ - はい!この作品も最後までついて行きます! (2019年6月30日 15時) (レス) id: abeb3a86ef (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:わんころ | 作成日時:2019年6月2日 16時