松虫草 ページ33
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暗くて、腹が太った妊婦のようにぶくぶくと増えていく雲。曇天が雨を羊水のように垂らすのも時間の問題だった。士郎の手を引いて、家に帰る。
「まてよ、瑩音、早いって」
早く帰らないと、家にはまだいろんなものが残っている。最近は詐欺なんてものもあると聞いた。今のうちに管理しておかないと面倒なことになるだろう。
「瑩音?」
大河お姉ちゃんに聞いておこう。どうすればいいのかわからないうちはそれが一番だ。
ああガス代もどうしよう。中学生になったらアルバイトできるかな。まだ小学生だから新聞配達もできやしない。どうやって生活費を賄うか…
「瑩音!」
その声に、やっと気づく。
後ろを見れば手を引いていた士郎が心配するようにこっちを見ている。そうだ、私、士郎の手が赤くなるほど引いていたんだ。だめだ、自分の力も理解していない子供じゃあるまいし。__ツキンと頭が疼く。
「………ごめん」
「どうしてそんなに急ぐんだよ。」
ふっと、手を離した。ぶらんと日に焼けた子供らしい腕が私の手から離れる。
それはもちろん_____
「早く、家に帰りたかった。切嗣さんの物片付けなくちゃ。」
「………そう、か。焦るなよ。また瑩音焦ったら家具壊すだろ」
やれやれ、と士郎は言う。その顔はあの夜と変わっていないし。いつもの士郎なのに、
なぜかあの時涙を流さなかった士郎を士郎とは思えなかった。
すっと士郎が私の手を握り、引っ張る。
「行こ」
「………うん」
士郎、士郎。
士郎は私の家族だよね?そうだよね?変わってなんかいないよね。
あの時、一緒に寝た士郎のままだよね。きっとそうだよね。
ぎゅっと、強く力を込めて握れば、痛みに少し眉を顰めながらも離さないでいてくれる士郎。
もう、この人しか家族はいなくなってしまった。
___ねえ知ってる?私、力が馬鹿みたいに強いくせに何もできないんだよ。
切嗣さんの命が消えそうなことを、言わなかったんだよ。
しとしとと雨が降る。涙が出ない私の頰を濡らす。士郎の頰も濡らす。
ねえ、ねえ、ねえ__
カタン、と音がして、気づいた時にはもう家だった。
目の前の士郎がタオルを持ってくる。私の足は初めての長靴で靴づれしていて痛かった。
奥から、何か声が聞こえてくる。大河お姉ちゃんとおじいさんと。
「あれ」
気づけば、そう漏らしていた。
この声は___
「やあ瑩音ちゃん。久しぶりだね」
トワイス先生は当たり前のようにそこにいた。
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タマモキャットガチ勢(白い犬)(プロフ) - ゆっくりさん» お!!!??慈悲深き神!?嬉しいです〜〜。勘違いじゃなければ短編集の方でもコメントを頂きましたかね?その一言で20話は投稿できます〜〜本当に感謝! (2019年11月21日 19時) (レス) id: 1561dbe350 (このIDを非表示/違反報告)
ゆっくり(プロフ) - 大好きです。 (2019年11月20日 22時) (レス) id: a6728b9117 (このIDを非表示/違反報告)
タマモキャットガチ勢(白い犬)(プロフ) - ぐみさん» ありがとうございます!この作品を優先的に最終話まで行かせたい………ヴッ (2019年7月1日 17時) (レス) id: 1561dbe350 (このIDを非表示/違反報告)
ぐみ(プロフ) - 我が生涯にいっぺんの悔いなし(血涙)この作品も読ませてもらってます.....頑張ってください.... (2019年7月1日 2時) (レス) id: 46a85766e5 (このIDを非表示/違反報告)
赤眼のわかめ - はい!この作品も最後までついて行きます! (2019年6月30日 15時) (レス) id: abeb3a86ef (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:わんころ | 作成日時:2019年6月2日 16時