水の秘め事 ページ46
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あいつは、Aは、俺なんかにも笑顔で話し掛けてくれたちょっと変わった奴だった。
柱になったばかりの頃、自分は水柱なんて大それた立場に着くべき人間じゃないという思いが胸の内でとぐろ巻いていた。
俺なんか水柱に相応しい人間じゃない。柱になって良い人間じゃない。
俺じゃなくて錆兎がなるべきだったんだ。
笑顔で“柱に就任、おめでとう”と言ってくれた彼女に猛烈に腹が立った。勿論、ただの八つ当たりだった。
「俺なんか柱になるべき人間じゃない。」
気がつくとそう、冷たく言い放っていた。
何も知らない彼女は酷く驚いただろう。俺の声の低さと冷たさに。
普通の人間ならばきっとここで俺のことを“嫌な奴”と認識すると思う。
でも、Aは違った。
「貴方に何があったのか、私にはわからないけれど。柱まで昇り詰めた実力は、紛れもない冨岡君の努力があったからでしょう?」
その一言に、俺がどれほど救われたのか彼女はきっと知らない。
その言葉を聞いた瞬間、心がすーっと軽くなっていくのがわかった。
ずっとずっと胸のどこかに引っ掛かっていた重くのしかかる何かが取れるような、そんな感覚に陥った。
彼女はあの日から、俺を照らす太陽だ。
それは、百年経った今でも変わらない。
Aは覚えてないけれど。俺達との思い出や記憶は何もなくなってしまったけれど。
でも、昔と変わらない爛漫な笑顔や、ちょっと棘があるけれど優しさの隠れた言葉遣いは全く変わっていない。
前世では、俺達よりも遥かに早く柱として恥のない最期を遂げて逝ってしまったけれど。
今は俺達の何気ない幸せな日常を脅かす存在である鬼もいない。
だから、今度こそ。
Aには、自分の為に生きて幸せになって欲しい。
もし、Aを幸せにできるのが俺なら良いのにと思ってしまうのは、俺だけの秘密だ。
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aya(プロフ) - ラストに向けた展開に心揺さぶられました! (2021年6月8日 2時) (レス) id: 72cb3c8ec1 (このIDを非表示/違反報告)
かすたーど - ヤバっ!トリハダたちました…! (2021年5月16日 13時) (レス) id: 328ef4fff0 (このIDを非表示/違反報告)
巴 - 学園祭のお話がすごーく良かったです!高校時代に戻りたくなっちゃった。茶道部だったから不死川さんにお茶点てて差し 上げたいわ〜。 (2021年3月14日 0時) (レス) id: 7c1fbdaf37 (このIDを非表示/違反報告)
くれ - めっちゃ面白いです (2021年1月2日 17時) (レス) id: f26c98ad88 (このIDを非表示/違反報告)
そこら辺の水道水(プロフ) - いやなんかw主人公の実況が好きすぎてw (2020年11月18日 7時) (レス) id: 44bf365a1c (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:白霞 | 作成日時:2020年7月11日 23時