｢助けて｣なんて虫が良すぎる。《青》〈1〉 (ページ5)

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藤井は1人、廊下を進み突き当たりの階段まで来ていた。

元々大きなスタジオでもないこの建物。

階段を使う人も少ないためか、少し埃っぽく耳が痛いほどに静かだった。

「…クッソ、！！」

建物がどうとか

物がどうとか

そんな事は何一つ考えずに

彼は右拳を壁に叩きつけた。

痛いとか、どうでもいい。

もはや、そんな痛みも彼にとっては気晴らしの1つになっていた。

神山が自分に言ったように

確かに最近の自分は物をよく投げる。

でも、それを苛立ちだと捉えられていたことに腹が立った。

少しぐらい投げてもええやん。

今の彼にとっては神山の優しい忠告でさえも鋭い刃物のように見えてしまう。

「なんっでやねん…」

「…流星。」

「………」

どこにも逃げていかない真っ黒な感情に目の前がかき消されそうになり

思わず座り込んでしまった時

眉を顰め顔を出したのは

同期の重岡だった。

「…なんや。」

「………」

「こっち来んな。」

「俺はここに居たい。」

「…あっそ。」

重岡は、階段に座り込む藤井の隣に腰掛け

ただ何も言わず遠くを見つめた。

慰めに来たのか

怒りに来たのか

もしくは、ただ様子を見に来たのか。

藤井は隣に座る彼がどうしてここに来たのかを

理解できなかった。

「…1人になりたいねんけど。」

「俺は流星と居たい。」

「怒りに来たん？説教？」

「違う。」

「何しに来てんっ、…邪魔やねん！！どっか行けって…！」

「行かん。」

「だからっ、！」

「俺はお前の隣に居る。…ずっと隣に居んねん。この仕事初めてからずっと、ずっと隣や。忘れんなや。」

「…はぁ？……意味分からんわ。」

今まで怒鳴ることなんて無かった。

割とテンションは一定で、

嬉しい時も辛い時もあるけれど、それでも、

メンバーに対してこんなにも大声をあげるなんて。

そんな自分を傍観するかのように

段々と心が冷えていく。

落ち着くようにして、真っ暗に沈んでいく。

「…神ちゃん、は？」

「別に怒ってへんよ。濵ちゃんが宥めた。」

「俺別に、苛立ちぶつけたつもり無いねん。」

「うん。」

「割と普通やったつもりやねん。」

「うん。」

「ただちょっと、疲れてただけで。」

「せやな。最近忙しいもんな。」

話せば楽になる。

そう思い口を開いた藤井だったが

楽になったのは、右手の痺れだけだった。