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そこから、今日は一度もAを見ていない。
そのことが気がかりで、眠れない俺はキッチンで冷水を煽った。
コトン、と空っぽになったカップを机の上へ置く。
「……ハァ」
ため息が出た。
癇癪交じりにフードの中の髪をかき混ぜた。
「お疲れですね、少年さん」
「ヒェ……」
驚きで、思わず変な声が喉から漏れる。
首を傾け、色の濃い茶髪が机の上に落ちていた。俺の顔を見ている彼女の瞳は、相変わらず洞のように真っ黒だ。
「……A、サン。どうか、した？」
たどたどしく口を開けば、Aは不思議そうな表情で少し後ずさった。
「じゃ、貴方様がナワーブ・サベダーさん？」
「……ッチ」
思わず舌打ちをすれば、彼女はますます怯えたような表情をした。
怖がらせてしまったらしい。相変わらず、妙に上手くいかない彼女との関係すらも嫌になってしまう。
取り繕うとしても、怖がった表情のままでいる彼女に何と声をかければいいのかわからない。
Aは戸惑ったように周囲を見回すと、なぜか一つ開けて、俺の隣に座った。
「……」
何も言わない。
Aはジッと、ただただ俺を見つめた。
「……」
俺も何も言わず、かと言ってAの方を見る勇気も出なかった。
空っぽになったグラスを左手で弄び、時計の針が進んでいく音だけが響く。
妙に青い月明かりが部屋全体を照らしていた。
どれくらい時間がたったのだろうか。
隣から、何かが机にぶつかる音がして驚いた。
「……っくりした。寝たのか」
Aが顔を机に押し付けるようにして眠っていた。
そっと音をたてないように立ち上がり、Aの顔を机から離してやる。
とても、とてもあどけない表情だった。いつものように、間延びした声で俺の名前を呼びそうな、緩んだ口元が憎らしい。無意識のうちに彼女の唇を引っ張れば、何か面白いことでもあったのか、へにゃりと気の抜けた笑い声を漏らした。
「A、いい夢見ろよ」
そして、朝一番の試合に一緒に行こう。もちろん、いつもの服を着て。
そんな言葉を胸のうちで呟いたとき、彼女は薄眼を開いて、笑んだ声で呟いた。
月光を受けて、闇の瞳が優し気に輝く。
「へへへ、幸せですね。クラーク様」
俺は唖然として、思わず彼女を黙らせるように抱きしめた。
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作者名：トバリ | 作成日時：2020年11月9日 22時
