序 ページ2
「やっぱ人多いなー。Aもおまえらも、はぐれんなよー」
繋がれた右手ではない。
左手の甲が、熱い。
まだ空気しか触れていないのに。
彼氏が人を避けようとしたのか、ぐっとこっちに体を寄せた。
その拍子に、雄の右手に触れた、雌の左手。
電流が走ったようだった。
触れた部分が、熱くてたまらない。
握りしめてしまいそうな欲望を、必死で押し殺す。
だけど、それは無駄な努力だった。
絡め取られた指先。
熱は、彼から注がれていた。
痛みを伴うほど、強く。
彼を刻みつけるかのように。
私も負けじと指先に力を込めた。
貴方と、同じ。
露店がひしめき、狭くなる道。
溢れかえる人、人、人。
共に来た連れとはぐれたって、それはもう仕方がない。
社の裏に回ると、木々が鬱蒼と生い茂って光を遮断し、墨を撒いたような暗闇が広がっていた。
そこにあるはずのない、吐息と水の音。
目の前というにはあまりにも近すぎる距離にいる男が、こくりと喉を鳴らした。
さっきから止められないキス。
何度も首を傾け、口の端から唾液が溢れそうになって、ようやく離れた。
さっき初めて会ったばかりなのに。
名前すら知らない、友達の彼氏だったはずなのに。
「かとうしげあき」
興奮に上ずった声。
「そっちは？Aでいい？」
「いいよ。シゲアキ」
古風な響きを持つその名前は、意志の強そうな顔立ちによく似合っていると思った。
「・・・オレら、刺されて死ぬかもな」
そういいながらも、シゲアキの手は私の体をくまなく撫でさすっていく。
心臓が破れそうなくらい激しく鼓動が高鳴っている。
ざらりとした木綿の布地の上から耳を押し付ければ、そこは私のものかと思うくらい、同じように鳴っていた。
彼の背中へと手を這わせ、彼の体躯を手になじませる。
「死ぬ前に、することがあるわ」
ぴったりと彼にくっつくように抱きつけば、くつくつと笑いを押し殺したシゲアキは、獲物を捕らえた獣のようにキツく私を戒めた。
「悪い女」
＊
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作者名：Niina* | 作成日時：2023年7月22日 17時
