夏は訪れない ページ6
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悟られないよう、俯いた。
サクラが咲く時期の割にはカラッと乾いた空と、夏を予期させるような頬を撫でる風。
窓越しから見える中庭には、橙色のキンセンカがイキイキと咲いている。
部屋の中に飾られたアレジメントが俺を嫉妬するように見詰めていた。
思えば彼女と出会ったのもこの春の時期だ。
桜吹雪を背景にふわりと笑う彼女が愛くるしくて、手を握った時のキョドった表情だとか、ああ、全部好きだ。
好きで好きで堪らなくて。あの時もっとこうすれば、なんて後悔も嗚咽と共に甦る。
ガラッと無機質な音が背後から聞こえ、冷静さを取り戻す。多分、二人の人間がこちらに近付いてきている。
顔を上げると年老いた男性と、ハンカチを目元に当てた女性。
男性は紙を捲り始め、重い口を開いた。──彼女は亡くなったと。
「……。」
すぐ横にあるモニターには一本の線。昨日までは動いていたのに、今日は一度も微動だにしなかった。
昨夜からこの白い部屋で彼女と二人きりだった。彼女の家族も友人も誰も来ないなら俺が独占してやろうと、今の今まで彼女の手を握っていた。最初はあの春のような温もりを感じられたのに、夏は一度も訪れず、次第に秋、冬と移っていった。
それに一度、俺が来て手を握った時、ほくそ笑みながら ありがとう と小さく呟いて眠った。そうだ、きっと手を握ってくれてありがとうって意味なんだろう。
……。
信じたく、なかった。
握ったままの手を離したくなくて、尚一層握り締める。そうしたらいつもみたいに やめてよ って照れて、笑いながら起きてくれると思って。
彼女の右手を両手で包み、自身の額につける。
「もう、朝だよ。起きてって。」
俺の声は虚しく部屋に響いた。誰も、何も、返してくれやしない。
でも見てくれ。彼女の表情を。
まるで
だから、
だから。
…………。
涙の一つも見られたくなくて、俺は、
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作者名：皇 | 作成日時：2019年5月17日 0時
