あなたを食べてしまいたいんだ。 ページ10
ホワイトデー(？)な話
.
明日は待ちに待った長崎旅行。此度の旅行は修也くんによる大掛かりなホワイトデーのお返しだ。しかし、当日に何もしないのがどうしても嫌だという彼は、今キッチンに立って桜餅を作っていた。拘るところはとことんまで拘るのが豪炎寺修也である。
手持ち無沙汰なわたしはというと、先程から修也くんの背後で餡子が餅と桜の葉に包まれるさまを眺めている。……否、正しくは彼の手だ。昔からずっと、浅黒くて若干ごつごつとした彼の手が好きだった。男らしいその手が案外繊細にパソコンのキーボードを叩くのも、やさしくやさしく触れてくるのもたまらない。
そんなことを考えていたら触れて欲しくなってしまったではないか。惹かれるがまま背中にぎゅっと抱きつくと、｢甘えん坊｣と彼は笑った。いつも甘やかしてくれるその手は未だ桜餅に夢中だ。わたしのために作ってくれているというのに、複雑な気持ちになってくる。困らせたくはないのでちょっぴりわがままを言うことにした。
｢ね、あじみしたい｣
捲られた袖口をきゅっと握っておねだりする。するとちいさな餡子の塊が口元に差し出されたので、ぱくんとひとくち。やさしい甘さのそれは、まるで修也くんみたいだと思った。甘さの余韻が残るところも、際限なく欲しくなってしまうところも、本当に似ている。
｢美味いか｣
｢おいしい｣
修也くんが食べ物だったら、体内に取り込めるのに。けれど、それでは彼に触れて貰えない。話すことだってできないし、ハグもキスもできない。難儀なものだ。
｢どうした、ぼーっとして｣
｢なんでもないよ｣
ただ、好きで好きで仕方ないだけ。
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 20人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：おひめ | 作成日時：2023年1月31日 1時
