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｢焼き上がるまで休憩するか｣
Aにそう呼びかければ、嬉しそうにこちらに寄って……自分のスリッパにつんのめった。
｢わっ！？｣
｢A！｣
一瞬心臓がひゅっと縮み上がる。反射的に腕を伸ばし、間一髪で胸に留めた。無意識に止めていた息を吐き出すと、心臓が血流が分かってしまうほどうるさく鳴り出して、冷や汗が止まらない。サッカーの試合でさえこんなに焦ったことはないというのに。二十余年の人生の中で今一番心臓が働いているような気さえする。己を落ち着けるために深呼吸をした。
｢……怪我してないか？｣
｢ん、ありがと｣
おっちょこちょいが標準装備でよく転ぶAだが、ひやりとする瞬間にはやはり慣れないらしく首元に擦り寄って甘えたモードだ。彼女のやや低い体温を包み込んでいると心拍数も段々と落ち着いてきた。そのまま横抱きにして運び、ソファーに腰掛ける。あやすように背中を撫でて顔を覗き込むと、先程以上に青白くなっているのが分かった。
｢具合は？｣
｢……大丈夫、ちょっとびっくりしただけ｣
自分の状態を冷静に見取ることができているから、いつもの貧血よりは軽度だろう。安堵でほっと息をつく。
暫しAを抱き竦めたままソファーでゆったりしていると、俺に寄りかかっているひめがふんわりと笑った。
｢修也くんは騎士様みたいね｣
｢騎士様？｣
｢いつも守ってくれるから｣
ふふふと口元に両手を添えるさまは、まさにお姫様だ。すきなものに囲まれ、きらきら輝くあたたかな箱庭でのびのびと生きているお姫様。彼女の生き様を最も近い場所で見つめていられるなら、騎士というのも悪くはない。
｢お姫様に忠誠を誓うキスでもしようか｣
Aはおとぎ話が大好きなので、お姫様にするように接したら大いに喜ぶ。ふにゃふにゃと緩んでいる表情が可愛らしかったので、取り敢えず普通にキスをした。
｢忠誠のキスはおくちじゃなくて手の甲｣
抗議の言葉を紡ぐ唇をもう一度塞ぐと、膨れっ面をしてぷいとそっぽを向く。ご機嫌を損ねてしまったようだが、頬や耳元が若干赤らんでいるのを隠せていない。拗ねたのは照れ隠しか。可愛い。
｢A｣
洋服の袖に隠れたほっそりした手を取ると、いつもながら完璧な造形美に思わず見とれた。指が折れそうなほど細くて心配にもなるが、Aの手は目の保養である。
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作者名：おひめ | 作成日時：2023年1月31日 1時
