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楽しげに笑ったAがサンダルを履き直して立ち上がり、走り出す。華奢な後ろ姿がやけに眩しくて、目を細めながら十まで数えた。彼女の方に一歩踏み出す。若干走りづらくはあるものの、久方ぶりの全力疾走だ。
｢！？修也くん走るの速い、手加減して！｣
｢はははっ｣
あっという間に距離は縮まり、後ろから腕の中に閉じ込めた。
｢捕まえた｣
声を上げて笑うAをくるりと方向転換させ、額どうしをくっつける。
｢満足したか？｣
｢満足したー｣
弧を描く唇に己のそれを重ねると、首元にか細い腕が回ってきた。海辺の雰囲気に身を任せるというのも、悪くはないものだ。
｢愛してる｣
｢ん……｣
流れゆく時をせき止める口付けの合間に零れ落ちた言葉を噛み締めているのか、Aの腕にぎゅうと力が込められる。甘い砂糖や蜂蜜を煮詰めたように溶けた眼差しに、胸の奥の火がぱちりと爆ぜた。しかし、自分たち以外の人の姿がないとはいえ屋外でこれ以上はいけないと奇跡的に自制心が働き、顔を離す。俺の身体に寄りかかってふうふうと息を整える彼女は、キスの途中でどう息をすればいいのか未だに分かっていないらしい。かわいい。
Aしか見えていなかったが、ふと周囲を見渡すといつの間にやら夕焼け空が夜の色を帯び始めている。海辺はそろそろ冷えてくるだろう。
｢帰ろうか｣
｢うん｣
彼女の身体を横向きに抱き上げた。本日二度目のお姫様抱っこというやつだ。
｢自分で歩けるよ？｣
｢俺はおまえを抱いて歩きたい｣
｢そっか｣
ぐっと顔を寄せ、頬に柔らかい感触がおちてくる。Aが気に入っている薔薇紅茶の香が潮風の香に混じり、心地好く鼻を擽った。惹かれるまま耳元に夜のお誘いを囁くと、ぶわりと頬を染めて俺の肩に顔を隠す。未だに明け透けな雰囲気への恥じらいは消えないようで、精一杯小さく小さく頷くさまに庇護欲を唆られた。顔を見せてくれないアマテラスの柔らかい髪の毛にキスをおくる。ここまで俺の心をあちらこちらに乱すのは、後にも先にも彼女だけだ。
愛しいひとに、今宵は何を捧げようか。十一本の紅薔薇はどうだろう。大好きな薔薇の花束を抱えて微笑む｢最愛｣も、眩いほど可愛らしいに違いない。
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作者名：おひめ | 作成日時：2023年1月31日 1時
