最愛を心に刻む。 ページ15
終曲。の続き
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最愛の妻が死んだ。何のことはない。寿命を全うした、ただそれだけの話だ。寧ろ、あまり身体の強くなかった妻が二回の出産に耐え、ここまで夫婦で共に歩めたのは奇跡だと言えよう。それとも彼女の意地か。
最期の時を過ごした森のそばの二人の楽園は、妻の生前と何一つ変わることはない。彼女の面影を残したまま生きると他でもない俺自身が決めた。これは、俺の意地だ。最近歳のせいか物忘れがひどい。それ自体に特に感慨はないものの、妻のことだけは記憶に深く刻みつけておきたいのだ。彼女が紡いだ一言一句、共に過ごした日々。温もりがそばにない喪失感すらも忘れたくなかった。
傍から見れば過去に囚われているように見えるだろう。最近よくやってくる息子たちも、痛ましげな表情をする。しかし、今更なのだ。花とワンピースがよく似合う穏やかな少女に惹かれたあの瞬間から、俺はずっと彼女に心を囚われて生きてきた。
｢父さん、つらくはないのか｣
｢つらそうに見えるか？黎｣
俺とそっくりな眉根をぎゅっと寄せる、夫婦の宝。きっと黎也は母を思い出させるこの場所のすべてがつらいのだろう。
｢人は二度死ぬという｣
一度目は命が尽きたとき。二度目は人の記憶から忘れ去られてしまったとき。
｢俺が生きている限り、おまえの母さんが二度目の死を迎えることはない｣
忘れるものか、俺が愛した唯一のすべてを。この先も永遠に彼女は俺の幸福そのものであり、生きる理由なのだ。
｢……やっぱり父さんって気持ち悪いくらい母さんのこと好きだよな｣
｢気持ち悪いとは何だ｣
｢まあ母さんもそんな感じだったし、夫婦は似るんだろ｣
｢おまえ、言うようになったな｣
｢父さんの息子なので｣
｢まったく、ああ言えばこう言う……｣
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作者名：おひめ | 作成日時：2023年1月31日 1時
