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「…目が覚めましたか、柊さん」
部屋に入ると、柊さんは目を覚まして天井を眺めていた。目は治ったようで、包帯は外されている。ゆっくりとこちらを見る彼女の瞳からは、警戒と恐怖が窺えた。
「……だれ」
小さく発された言葉に、記憶が一部戻ったのだと嬉しくなった。だが、言葉を聞いて、僕に関する記憶は戻ってはいないのだと分かった。
赤井は「ジェイムズから日本警察に応援として協力する許可を奪い取ってくる」と一度戻った。
今は全力で例の構成員について調べあげている。人を殺しそうな眼力ゆえに、本人が会うことを拒んだのだ。奴曰く[何も知らない彼女を怖がらせたくない]らしい。
今の柊さんは恐らく、赤井の記憶も戻っていない。
「…降谷零」
「……れ、い?」
まるで、幼子と話しているようだ。
そう思っていながら、柊さんに名前を呼ばれたことに喜びを感じていたのだ。我ながら呆れる。
「そうです、柊さん」
「ひいらぎ…?」
「貴女の名前です」
頷きながらも、どこか納得のいかないような顔をする。こんなに表情に出る柊さんは新鮮だった。
きっと、下の名前を呼んでほしいのだろう。
でも僕が呼ぶわけにはいかないのだ。
「…れい、くん、それは……なに」
柊さんが指差したのは、ネームプレートの僕の名前だった。
「僕の名前ですよ。ふる、や、れい。この文字は、漢字っていうんですよ」
「かんじ…」
「書いてみたいですか?」
訊ねると、目を輝かせながら僕を見上げる。
「一緒に、練習しましょうか」
「すこし、わかる」
紙とペンを渡すと、綺麗な字で、ある漢字を綴った。
「これは…?」
「…わからない」
本人は、その漢字の意味も、なぜ覚えていたのか知っていたのか、何も分からないようだった。
「他の漢字と平仮名も書いてみましょうか」
「…ん」
柊。降。谷。零。
ひいらぎ。ふる。や。れい。
初めて漢字を書いたような字。
「…大丈夫、これから上手になりますよ」
落ち込んだ様子の柊さんに声をかけると、彼女は綺麗に書けている覚えていた漢字をじっと見つめた。
「…逢いたい」
たどたどしくない発音で、一言。
「誰に逢いたいんですか?」
「…わからない」
彼女が覚えていた、綺麗に当たり前のように綴った漢字は、「赤」「井」「秀」「一」。
それは赤井に対する思いの深さだ。
僕はその紙を貰って、デスクに走った。
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ユキ(プロフ) - さちさん» コメントありがとうございます。個人的にとーる君は書いていて楽しいので、この話が一段落しても出てくるかもしれません( ̄∇ ̄*) (2019年3月29日 22時) (レス) id: 370884fb03 (このIDを非表示/違反報告)
さち - おもしろかったです。続きがすごく気になりました。よろしくお願いします。 (2019年3月29日 22時) (レス) id: 1af3590574 (このIDを非表示/違反報告)
ユキ(プロフ) - 奈楠さん» ありがとうございます。学業も忙しくなりますので更新ができない日々もあると思いますが、作品をよろしくお願い致します。コメント嬉しいです(о´∀`о) (2019年3月15日 12時) (レス) id: 370884fb03 (このIDを非表示/違反報告)
奈楠(プロフ) - 受験お疲れ様です!!!作者様のペースで大丈夫ですよ!更新頑張ってください! (2019年3月14日 21時) (レス) id: f44adf4250 (このIDを非表示/違反報告)
ユキ - 明里香さん» 教えて下さりありがとうございました!修正しました。閲覧ありがとうございます。 (2018年8月3日 7時) (レス) id: 5d51fce380 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ユキ x他1人 | 作成日時:2018年5月20日 18時