臆病者と白昼夢 ページ5
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不意に、コーヒーカップのふちに付いた口紅を指で拭った後輩は、その淡い赤を紙ナプキンでもみ消した後伏せていた目を俺に向けた。
俺よりも水分量が多くて、視界の広そうなその目に数年前よりほんの僅か大人になった俺が映る。
俺だけが、映る。
「実は私、あの頃二宮先輩のこと好きだったんですよ」
報告があるなんて言ったくせに、そんなことを前置きするのはルール違反なんじゃないだろうか。
よく見ればあのころよりも少しだけ大人びた顔で目を細める後輩は、「ホントですよ？」なんて首を傾げる。
へー、そうなんだ。
とかてきとーに言葉を返せばいいだけなのに、取り繕うとした言葉は喉で引っかかって出てきてくれなかった。
「ずっと見てました、部活中の先輩」
「え……どこから」
何度探したって集まっている女子生徒の中に俺が探す後輩の姿は見つからなかった。
「三階の多目的室です。放課後はいつも空き教室で、ちょうど野球部が上から見えるんですよ」
にこりと笑う表情はやはり昔より大人びていて、なんだか知らない人のように見えてしまってあわててコーヒーを一口飲む。
苦いブラックコーヒーが、喉につっかえた言葉ごと奥へと押し流していった。
「そう、なんだ……」
「ふふ、ごめんなさい困らせるようなこと言って。昔の話ですから」
「…いや」
「それに、ちゃんと知ってましたから…先輩に彼女がいたこと」
ほんの少し寂しげな声に聞こえたのは、俺の耳の勝手な捏造だろうか。
両手でコーヒーカップを握った後輩は、その水分の多い瞳に深いコーヒーの色を映して俺をちらりと見上げた。
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作者名：iCHiKA
| 作成日時：2019年11月6日 22時
