コーヒー一杯分の美談 *後編* 《ars》 (ページ32)

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さよならエピローグページ32

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だけど。

「先生、私のこと忘れないで」

「っ」

貴方と過ごせる時間にはタイムリミットがある。

貴方の幸せを願いながらも、そんな短い時間の中で貴方の中に何かを残しておきたくなってしまう私を、どうか神様許してください。

貴方は息をのんで、それから私へと手を伸ばしかけて、ためらうみたいに空中でその手を止める。

ちらりと私が見上げると、悲しそうな漆黒の瞳にぶつかった。

「………ごめんな」

小さくつぶやく声は、きっと私にしか聞こえない。

困ったような顔をして、貴方は結局私の頭を撫でた。

掛けられる言葉が「ごめんな」でも構わない。

困った顔をしているときだけは貴方の視線を私に向けることが出来たから。

「結婚おめでとう、櫻井先生」

「ありがとう、星川」

悲しげに笑う貴方に、今日はホントはただそれだけを言いに来たんだと言ったら、信じてくれるかな。

信じて、くれないかな。

でもね。嬉しそうな顔で、愛しそうな顔で、奥さんになる恋人の話をする貴方の顔が私は好きだった。

たった一杯のコーヒーを飲む間、貴方の恋の話を聞くのが私は好きだった。

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ねぇ、恋する人の恋の話を、たった一杯コーヒーが無くなるまでの間聞いてあげるなんて。

これは立派な美談でしょう。

さよなら、私の初恋の人。

さよなら、私の、コーヒー一杯分の美談。

(さよならエピローグ)

-end-

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