さよならエピローグ ページ31
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電話の向こうに向けて貴方のふっくらした赤い唇が私と同じ名前を呼ぶ。
私じゃない愛しい人の、名前を紡ぐ。
ほんの少し、夕飯のメニューと思われる会話をする貴方は、最後にこんなことを言った。
「そうだ、コーヒー豆切れそうだったよね。俺今日少し早く学校出られそうだから、いつもの店で買って帰るよ。うん、任せて」
いつもの、店。
貴方にお気に入りのコーヒー豆があるんだ。
初めて知った。
私もそのお店に通い詰めたら、貴方に偶然会えたりするかな。
電話を切った貴方はバツの悪そうな顔を私に向けた。
「…悪い」
「いいえ、気にしないでください」
笑って言ってみるけど、胸がずきずき痛む。
帰りに買って帰るよって、私に向けられた言葉だったらどんなにうれしいだろう。
同じ名前の顔も知らないその人が、羨ましくて仕方ない。
だけどやっぱり。
その人の話をする貴方の顔がとても素敵に見えてしまうから。
この素敵な顔を曇らせるようなことはしたくないなって、思っちゃうの。
「ねぇ、櫻井先生」
「ん？」
「しあわせ？」
私今どんな顔してるのかな。
こんなこと聞いて何になるのか。
それでもどうしても、聞いてみたくなって。
問いかけてしまった言葉はもう取り消せない。
呆気にとられたみたいに目を見開いた貴方は、大きな目をちょっと伏せて、それから私を見た。
「うん、幸せだよ」
「そっか」
そう言った貴方があまりにも優しくふわりと笑ったから、私までなんとなく笑顔になってしまった。
貴方が幸せなら、私も幸せになれる。
きっと、大丈夫。
いつかこの叶わなかった初恋も、大切な思い出にして見せる。
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作者名：iCHiKA
| 作成日時：2019年11月6日 22時
