コーヒー一杯分の美談 *後編* 《ars》 (ページ17)

今日:4 hit、昨日:26 hit、合計:28,066 hit

能天気たちの特等席ページ17

.

あぁほらやっぱり、俺もお前も能天気すぎたんだ。

見てるだけで充分だと先輩を見下ろしていたお前も。

その横顔を誰にも邪魔されずに見つめられるからと黙って缶コーヒーを買うだけだった俺も。

能天気で、どうしようもないくらい、臆病だったんだ。

使えずに貯め込んだ百円硬貨だって、さっさと使ってしまっていればよかったんだ。

先輩がいつ部活を引退したのか正確なことを俺は知らない。

とうとうあの日以来部活をしている先輩を一度も見ないままだった。

放課後の校庭をそいつと並んで横切る。

ちらりと横目に見た野球部に先輩の姿は見当たらなかった。

「ねぇ潤くん、喫茶店でコーヒー飲んで帰ろう」

「あぁ、いいよ」

横から見てばかりだったそいつの顔が、まっすぐ俺の顔を覗き込むだけで、俺は自然と笑顔になれた。

風のうわさで二宮先輩が彼女と別れたらしいという話を聞いたのは俺とそいつが手を繋いで下校するようになったころだった。

もう間もなく花を咲かせそうな桜の向こうに、能天気な俺たちの元特等席が観客不在のまま佇んでいた。

(能天気たちの特等席)

.