To the【ars】 (ページ5)

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しかし最後の直線。二宮さんの馬は突如故障発生をし転倒。二宮さんは馬場に叩きつけられた。後続にいた馬はそれを回避できず2頭ほど落馬した。俺は外にいたから難を逃れたけどそういう話じゃない。そのときの競馬場のどよめきは今でも耳に残っている。

俺はそのレースで3着だった。そして検量室に戻って只事ではない空気を感じた。

二宮さんは意識がなくそのまま救急搬送された。次の日も競馬があったから調整ルームにいたけど伝わってくる情報に希望は見えなかった。そして翌日息を引き取ったと誰かが教えてくれた。そのときは競馬場が悲しみに包まれた。天才騎手の死は様々なメディアで報じられるほどの衝撃だった。

葬儀はすぐに執り行われた。報せをもらってからずっと心配だったのは遺されたご家族だった。葬儀場に入って真っ先に見たのはそこだった。

案の定というかもっともというか奥さんと娘さんは泣いていた。だけど和也は泣いていなかった。多分男の子は泣いちゃいけないとかお母さんお姉ちゃんが泣いてるから泣くに泣けなかったとかそんな感じだろう。

そんな和也がいじらしくて俺は彼の前でしゃがんだ。

「俺が誰か分かるよな？」

「武岡のお兄ちゃん……」

「せやせや」

この頃のこいつは可愛かったなと時々思う。今でも可愛い後輩であることに変わりはないけど先に生意気なが付くから。

俺も二宮さんが亡くなって悲しかった。でもそれが涙となっては出てこなかった。まだ若かったからね。

でも和也の気持ちは分かったつもりでいたから彼の頭を撫でた。

「和也は偉いな」

「偉い？」

「せやで。これから大変かもしらんけどな無理に頑張ろうとしなくてええで。助けてくれる人はいっぱいいるからな」

和也はよく分からないといった顔をした。

「まあ分からんでええわ。じゃあな」

またこいつの頭を撫でて俺は立ち去った。

しばらくは二宮さんの落馬事故の余波があったがそれが落ち着いた頃。

俺はそのとき中山に乗りに行っていて和也も松本くんのお父さん、松本先生に連れられて中山に来ていた。

周囲はそれを遠巻きに見ていた。分からなくはない。普通父親が命を落とした競馬を見に来るなんてね。松本先生は松本くんのことが代表的だが変人奇人なんて言われてたからそれもその一環かと見る向きが多いのは仕方がない。

「武岡のお兄ちゃん」

俺がたまたま検量室の外に出たときに和也が近寄ってきた。