着実に一歩ずつ ページ3
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10月10日から、限定的になるが有観客での競馬が行われるようになった。
報道によれば指定席を間隔を空けて発売し、ネットで予約して当たった人のみ入れるということらしい。
ここ東京競馬場の場合、土曜日は約5倍、日曜日は約9倍の倍率を潜り抜けた人がやって来るという。
でもまだまだ以前のようには行かない。
パドックやコースの最前には行けないようにコーンが立っているし、大声を出しての応援なんかも出来ない。常にソーシャルディスタンスを心がけないといけない。
何せ俺たちは10万人入ったレースを知っているから。
でも着実に一歩ずつ進んでいる。
2月23日以来、ずっと無観客で競馬をしていたのだから。
お客さんがいる。それだけでも嬉しかった。
土曜日の1R。
控室に向かってパドックに出ると、熱心な競馬ファンたちがチラホラとパドックの周りにいた。
「やっとだね」
潤くんが呟いた。
記念すべき1Rに松本厩舎の馬で出走できて有り難いよ。
「やっぱ俺たちの仕事って直接見られてナンボなところあるじゃない。テレビで全レースは見られるけどテレビの画角だけ伝わりきれてないところってあると思うし」
「俺たちも生で競馬を見て魅了されたうちの一人だしね。今はSNSが凄いから今来ている人達から惜しくも来られなかった人達に伝わっていくといいね」
控室に入って田渕とも似たような会話をする。
「地方交流でお客さんの前で競馬もしたけど、中央だとまた違うな」
「ジョッキーがお客さんに物見しそう」
「分かる」
無観客開催によるメリットももちろんあるよ？馬が大人しくなったとか。
でもやっぱ俺たちの仕事はエンターテインメントなところもあるから見られないと。
まだまだ元の状況ではない。
Aは遠慮して現場にはなかなか来ないし、翔ちゃんとも競馬場では会いづらい。
以前の賑わいには程遠い。新型コロナウィルスは完全になくなったわけではないしウィズコロナは続くだろう。
でもこうして一歩ずつ着実にいくしかないんだ。
ちゃんと対策もしてどこに線引きをしていくのかも判断しないといけない。
そしてまた以前を取り返してまた新しく前進していくことを望むしかない。
「止ーまーれー」
騎乗合図がかかった。俺は立ち上がる。
さあいよいよお客さんの前でレースだ。
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作者名：ユタカ | 作成日時：2020年7月16日 10時
